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 敵の軍勢が津波のように押し寄せる。帝国兵の中にただ一人だけ、レイラン王は剣を片手に孤立していた。  互いに剣が届かぬだけの距離を開け、レイラン王を囲み込む。黄昏時の太陽がその身を半分地平に沈め、深紅に火照らせ夜を呼び込む。 「どうした。見ているだけでは余は倒せぬぞ」  レイラン王の剣は欠け、盾は酷く傷ついている。陽が頭上にある頃から剣戟を繰り返し、とめどない戦闘の激流に身を置いていた。全方位に対応できるよう、常に腰を低く落とし、隙の無い視線を隈なく送る。  兵士の一人が遂に耐えかね、叫びをあげて切りかかる。陽を帯び赤く輝く刃を盾でしっかり受け止めて、反撃の一撃をもって討ち倒す。兵士が倒れ、地に伏した。わずかな砂埃が舞い上がり、彼らを抑えていた何かが切れる。  兵士らは一斉に飛び掛かった。狂乱する剣を潜り抜け、受けては払い、切って倒す。剣先が目と鼻の先を掠めるも、決して怯まず、却って狂喜を覚えるのであった。 「王よ。そこまでです」  気づけば兵士は一人もおらず、レイラン王だけが立っていた。王は折れかけた木刀と、盾を捨てると振り返って言った。 「アダト。余の軍はこれほどまでに脆弱であったか。それとも遠慮でもしておったのか」 「確かに。多少の遠慮はあったでしょうが、我が軍の兵は決して弱くはありません。王よ。貴方が強くなられたのです」  アダトは声を張り上げ、片づけるように指示を出す。倒れた兵士たちは、帝国兵を模した防具を外して立ち上がり、気絶した仲間たちの治療を始めた。  いつの間にか陽も沈み、無数の星が天蓋に張り付いている。干しレンガと木組みの闘技場を、砂漠を旅した乾いた風が、砂埃と共に吹き抜けていく。  レイラン王は目元にまで垂れる汗を拭うも、手の甲は紅に染まっていた。初めて額の傷に気づく。鼓動に合わせた鋭い痛みが、汗に混ざって一層強く感じられた。 「して、アダトよ。行政補佐官のお主がわざわざ城を出てまで会いに来たということは、何か要件があったのではないか?」  アダトから清潔な布を受け取り、額に宛がう。行政補佐官の彼はレイラン王より一回りほど年上で、同じ学び舎で勉学に励んだ仲だった。もっとも、励んだとは言ってもレイラン王の興味は勉学に向けられることは無く、よく悪さをしては他国の客人にまで叱られるほど元気を持て余していた。  対してアダトは思慮深く、大層大人しい性格の持ち主であった。何事も注意深く観察し、何事も器用にこなすだけの技量を持っていた。欠点があるとすれば根っからの運動嫌いである事だ。それゆえに体力は極めて乏しく、空いた時間は室内で読書に興じて過ごすようになっていた。 「えぇ。今しがたハニガルバト王国より使者が到着しました。なんでも、シェフナ姫がお見えになっているのだとか。どうやらただならぬ様子であったので、私の独断で宮廷にお連れするよう返答いたしました」 「シェフナが来ておるのか! いやはや、何とも懐かしい! のう? アダトよ」  子どものように歯を見せて、キラキラと眼を輝かせる。エンリル王国とハニガルバト王国は親の代から親交が深く、二国は双子のように協力し、飢饉や戦争、災害など、多くの危機を乗り切ってきた。レイラン王子とシェフナ姫は親にも負けぬ仲の良さで、何をするにも一緒に居たほどであった。そんな二人をアダトは、まるでやんちゃな弟と妹を見守る兄貴分のように見守って来ていたのだった。 「こうしてはおれん! 宴の用意をするのだ! 急ぐのだぞ? 積もり積もって話したいことは山とあるからな」  疲労をも感じさせぬ軽やかな足取りで、レイラン王は浮かれた様子で城へと歩き出す。アダトはその後姿を見ながら目を細めると、小走りで王の後を追った。
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