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「王よ、お待ちくだされ! レイラン王よ!」
月と星の光指す回廊に老婆の声が響き渡る。アダトと大勢の補佐官を釣れるレイラン王の前に、シャマシュが飛び出し頭を垂れた。
「レイラン王よ! お待ちくだされ! どうかこの私奴の話を聞いてくださらぬか」
「シャマシュ殿。王は火急の要件にて急いでおられます。話ならば、また後程伺いましょう。どうか道をお譲りください」
アダトの言葉を無視をして、床に額を擦りつける。
「真に姫を想うなら、何にもまして聞くべきでございましょうぞ! レイラン王よ、王にとって姫はその程度のお方でございますか!」
「シャマシュ殿! 王に向かって何と無礼な物言いを!」
「無礼であると重々承知! たとえ打ち首となろうとも、私奴の話を聞いてくださるのなら老い先短いこの命、喜んで差し出しましょうぞ!」
アダトを後ろに下がらせる。
胸を張り、慄然としていたかつてのシャマシュの面影は、今では見る影も無い。王たる者はかくあるべきだと説いたかつての師のその姿は、弱々しく儚いものだった。
「シャマシュよ。面をあげよ。お主には王としての礼儀、言葉遣い、立ち振る舞いを教わったな。誰よりも礼節を重んじるお主が取り乱すなど、予断を許さぬ状況なのであろう。話せ。余にできることがあるのなら、シェフナの力になれるなら、いかなる事でもして見せよう」
「あぁ、慈悲深きお言葉。心より感謝いたします」
レイラン王は膝を着き、老婆の手を取り身体を起こす。彼女の身体は異様に軽い。それでもなお覗きこむ老婆の瞳には、明るい月の光が宿っていた。
「レイラン王よ、良くお聞きください。祖国、ハニガルバト王国は帝国の手により陥落いたしました。我が国王は最後まで命を賭して戦い、我らは逃げおおせる事に成功したのでございます。姫はアナタ様を、ひいてはエンリル王国を守るべく、直ちにこの国を発つでしょう。お二方がお会いになるのも、今夜が今夜限りとなるのです! 王よ。レイラン王よ。アナタ様しかおらぬのです! なにとぞ、姫にお力添えをお願い申し上げます! 姫には! シェフナ姫には、レイラン王のお力が必要なのでございます!」
風が吹き、砂を夜空へ舞い上げる。微かな砂埃を城内へと運び入れて、純白の大理石へと降り注いだ。
「それが、シェフナの心を乱すものの正体であったか」
共に学び、共に過ごしたかつての彼女は笑っていた。年齢も立場もあの頃とは違えども、今でも変わらぬものもある。王は老婆を立ち上がらせた。
「約束しよう。余がシェフナを守って見せると。この我が魂の続く限り、傍に居ると誓おう。さぁ立つのだ。そしてシェフナがどこにも行ってしまわぬように、今暫くお主が引き留めるのだ。なに、心配はいらん。たとえ獅子であろうとも、手を出そうものなら容赦はせんと伝えるだけだ」
王は老婆を送り出し、腰から下げた剣の柄を固く握る。雲が月を半分隠し、これから闇が訪れようとしていた。
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