雨の支え

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雨の支え

雨が降る中、菜々は傘を差さずにゆっくりとした足取りで駅を目指す。 『俺、好きな人ができたからさ、菜々とはもう付き合えない、ごめんな』 頭の中で、付き合っていた彼からの言葉が蘇る。突然の別れを切り出され菜々は唖然とするしかなかった。 納得できない菜々は、彼にしつこく食い下がった。悪い所は直すから別れないで欲しいと、しかし彼の気持ちは揺らぐ事が無かった。 お気に入りのワンピースが雨でずぶ濡れになり、彼好みのメイクも雨によって落ちていた。 ……どうして、どうしてなの? 私は彼に気に入られるように努力したのに。 桃色のヒールの中に水が入り、気持ち悪い感覚がするが、菜々はそれすら感じなかった。彼との別れが精神的にきていた。 重い足取りながらも、ようやく駅につき、菜々は改札口を通り、近くにあったベンチに腰を掛けた。 『只今、電車は大雨により、運転を見合わせております……』 憂鬱な気分に更に拍車がかかった。帰るに帰れないからだ。早く家に戻って惨めな自分をリセットしたかった。 「何で雨なんか降るのよ……」 菜々は大きな溜息をついた。全身がずぶ濡れで服が肌にぴったりと貼り付く。 彼にフラれる。電車は動かない。最悪な一日だ。 その時だった。 「おい」 突然、声を掛けられ、菜々は驚きのあまり全身が軽く跳ね上がる。 菜々は声がした方を向くと、そこには高校時代の男友達・隼人がいた。 「やっぱ菜々か、久しぶりだな」 隼人は気さくに右手を伸ばす。 「隼人……」 懐かしい顔を見て、菜々の中にあった感情が一気に増大し、あっという間に溢れ出す。 隼人は菜々にとって頼りになる友達で、打ち明けにくい悩みを言える存在だった。 失恋した直後の菜々には支えが欲しかった。菜々の気持ちを全部理解し、これからの事を真剣に考えてくれる人が…… 隼人は菜々にとって必要な人物だった。 「どうしたんだよ、その格好、ずぶ濡れじゃんか、そのままじゃ風邪引くぞ」 隼人は菜々の服装を指摘する。 隼人のさり気ない心配も、菜々には嬉しかった。 「隼人っ!」 菜々は隼人に抱きつき、胸の中でわんわんと子供のように大泣きした。 雨は止みそうに無い。 菜々は隼人の自宅に来て、服を着替え、テーブルの前に座っていた。 「少しは落ち着いたか?」 隼人の問いかけに、菜々は黙って頷く。 駅で再会し、泣いた後、隼人と一緒に臨時のバスに乗り、彼の自宅に招かれた。 隼人の家は電車の方が早いが、バスでも遠回りになるが一応帰れるのだ。 「ごめんね、急に上がり込んだりして」 「気にすんなって、落ち込んでいるお前を放っておけないよ」 隼人は菜々の前にレモンティーを差し出す。菜々は隼人の気遣いに感謝した。レモンティーが好きだからだ。 菜々はレモンティーを口に運ぶ、ほんのりした甘さが、口に広がる。 同時に体が温まるのを感じた。 隼人は菜々の前に座り、コーヒーをすすった。 「隼人は今、何してんの?」 菜々はカップを手に持ったまま訊いた。隼人は高校を卒業するまで進路が決まっていなかった。菜々は隼人がどんな道を進んだのか知りたい。 彼にフラれた精神的重荷を和らげるのも一つの目的だった。 「俺はちゃんと働いているよ、卒業後に就職先が見つかったんだ。本当に良かったよ」 隼人は生き生きと語る。ちなみに菜々は大学に進学し、勉強にサークルなど忙しい日々を過ごしている。 「今日は休み?」 「まあな、生活に必要な書類の手続きをしたんだ。その帰りに菜々に会ったんだ」 「そうなんだ……」 菜々は俯く。 「ところで」 カップをそっと置き、隼人は真剣な顔で菜々を見た。 「今日はどうしたんだ。何かあったんだろう? 俺で良ければ話を聞くけど」 隼人は言った。 菜々が泣いた原因を知りたがっている様子である。 菜々は視線を左右に動かし、話すか話すまいか悩む。 隼人と再会した時は気が動転していたため、まともな判断が出来なかったが、こうして落ち着いてみると、言い難いことだ。 「……ごめん、話したくないなら無理しなくていいよ」 菜々の表情が暗くなるのを察し、隼人はそれ以上口に出せなかった。 菜々はカップをテーブルに置き、隼人を見た。 こうして隼人と再会したのも、何かの縁に違いない。 「ううん、話すよ」 菜々は作り笑いを浮かべる。 「本当に無理しなくても良いんだぞ」 隼人は慌てて言った。人への気遣いをする彼だからこそ、菜々が嫌がることをしたくないのだ。 菜々は首を軽く横に振る。 隼人が友人関係の話を聞いてくれたお陰で、その後の友人との関係が上手くいった記憶がある。 隼人に打ち明けたら、気持ちが楽になるだろう。 しばらくの間黙っていたが、意を決し、菜々は口を開く。 「私ね……」 菜々は順を追って話した。 自分には付き合って二ヶ月の彼がいたものの、今日呼び出されてフラれてしまった。その理由が好きな人が出来たというものだった。 思い出すだけで悲しくなり、話している間にも涙が再び瞳に溜まった。菜々にとって彼は心の底から好きになった相手で、失恋を受け入れられない。 その事も包み隠さず、言葉にした。 隼人は聞いている間は頷きつつ、真面目に話に耳を傾けてくれた。 話を終え、菜々は鼻をすすり、目の涙を拭う。 「それは確かに酷いな」 「私……本当に好きだったの……だから悔しくて……」 菜々は涙声で言った。 手を力強く固め、隼人はテーブルに体を乗り出す。 「なら、お前をふった奴を見返してやればいいんだよ、別れた事を後悔させてやれよ」 大胆な隼人の意見に、菜々は目を丸めた。 彼女の反応に隼人は頭をかいで、照れくさそうに笑った。 「ゴメン、唐突過ぎたな」 隼人につられ、菜々も微笑んだ。 彼の言い分には、確かに一理ある。 「実はさ付き合っていた彼女にふられたんだよ、だから菜々がどれだけ悔しいか分かるんだ」 「そうだったの……」 「んで俺さ、今努力している最中なんだ。元カノを見返すためのな」 隼人は力強く語った。 彼の話を聞いている内に段々と元気が出てきた。そうだ。自分をふった彼を見返そう、彼が好きになった人は、大学内でもとびきり美人で、スタイルも良い。 ならばその人以上に綺麗になろう、そうすれば彼も別れたことを後悔するに違いない。 新しい目標が出来た。 まずは服の研究のために、ファッション誌を買おう、化粧も勉強したい。 菜々の中でやりたい事が明確になった。 「私も努力するよ、このままじゃ悔しいから」 菜々は明るく言った。 「隼人も頑張ってね」 「お前もな」 二人は笑い合った。 夕方になった頃、雨が上がり、菜々は隼人に礼を言うと彼の家を後にした。 菜々の表情には明るさが戻り、足取りはしっかりしていた。 ……私も頑張る、隼人も頑張ってるんだから。 菜々は空に向って、手を掲げた。
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