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その魔女の名は
「ほうら、諸君! 起きたまえ」
森に朝陽が射し込むと同時に、声高らかに魔女は呼び掛ける。
誰に対して? 何に対して?
その疑問を彼女にぶつけてごらん。愚問だって一瞥の目を向けるだろうさ。それで次に口を開く時には、君が如何に愚かなことを考えたか、ついでに自分がどれほど素晴らしいかを語り始める。そうなったら最後、彼女が納得するまで止まらないよ。だから、彼女の行動の意味について思考を巡らすだけ無駄なんだ。
彼女の呼びかけに対して、木々が、草花が、動物が、湖が、自然が挨拶する。僕たちの挨拶は、魔力を持たない人間に聞こえないらしい。ただ葉が揺らめくだけ、動物が鳴くだけ、そんな印象なんだって。
誰かが良い天気ですね、と声を掛けた。彼女はそうだな、と一言置いたあと背伸びをしながら言った。
「麗らかな日差しを浴びずに暗い闇に引き篭もるなんて馬鹿らしい。人の身体は屋根のある日陰で暮らすように創られている。とはいえ、自然の恩恵を受けずに生命を繋ぐことは不可能だからな。『陽を浴びるべきか浴びぬべきか』という二者択一なんて一切の無駄だ」
彼女の言葉に賛同するように皆は拍手を送る。手を持たない植物はカサカサと自身の一部を動かすだけだ。それでも森の仲間たちには十分伝わる。
パンッと手を叩き、彼女は再び呼び掛けた。
「それでは森の諸君よ。今日も私を生かしてほしい。代わりに、今日も私は諸君を生かそう」
いち早く反応したのは風だ。深い葡萄色で染められたローブの裾が揺れる。赤紫色の髪がそよりと靡いた。
今日も森の歓迎を受けた魔女──アデレートは微笑みを浮かべた。
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