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診療所からの帰り道、僕はマシューからドクターケインの塗り薬が付着したハンカチを受け取った。僕たちの作戦は実に単純極まりなくて、僕が騒ぎを起こす間に、マシューがハンカチに塗り薬を付けて薬を拝借するというものだ。アデレード曰く、マシューに塗られた薬は温かい人の肌に触れることで速乾性が高まり、すぐに成分を確認することができなくなってしまうらしい。だから僕らに与えられた指令は「ドクターケインが直接塗る薬を成分がわかるように持って帰ること」だった。
煉瓦で敷かれた道を僕らは並んで歩いた。橙色が町を支配する。
もうすぐ日没だ。
マシューが早く帰らなきゃいけないのはもちろんだけど、僕もあまりこの姿のままでいられない。人になるのは楽しいけど、翼はないし。体は重いしで結構疲れるから。
マシューの家まであと少しというところでマシューは立ち止まる。
「アデレートはやっぱり、ドクターケインが怪しいと思ってるのかな……」
夕日に照らされている所為で、マシューの前髪にかかる影が際立つ。明るい光に照らされているのに、とても暗い。
「マシューが持ってきてくれた薬の成分を調べても発疹に作用するものがなかったんだって。あと残っているのは……」
「ドクターケイン自身が塗っている薬だけ、だよね」
眉をハの字にしながら口角をあげるマシューの表情はどこかあきらめたようで。僕は今の彼の表情を二度と見たくないと思ってしまった。
僕の気持ちがわかっているのかわからないでいるのかマシューは夕日を見つめながらふと呟いた。
「『全ての可能性としてあり得ないことを除外して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実である』」
「……何それ?」
「僕の好きな推理小説に登場する探偵の言葉なんだ」
スイリショウセツとはなんだろう? 帰ったらアデレートに聞いてみよう。
話の腰を折りたくなかったので、僕は背伸びをしながら感嘆した。
「マシューは物知りだなぁ。僕は文字なんて読めないもん」
「そりゃあ君はもともと小鳥だもんね。文字を教わる機会はあるの?」
「君たち人間が通う学校みたいな施設はないよ。でも、アデレートに聞けばだいたいの質問は答えてくれるから、彼女が先生みたいだな。」
「やっぱり、アデレートは博識な魔女なんだなぁ……」
マシューの言葉を最後に、再び沈黙が訪れる。
早く帰ろう。
言葉にせず、僕は一歩を踏み出した。
なんだか体がムズムズする。時間が経ち過ぎているのかもしれない。僕につられてマシューも歩き出す。さぁ、あの角を曲がればマシューの家は目の前だ。そう思ったとき、服の袖を引っ張られる感覚がした。何、と言葉にする前にマシューが僕の耳元へ顔を近づけた。
「次に僕が森に入る時に、お気に入りの本を持っていくね。僕がきたら真っ先に僕のもとへ飛んできて」
それじゃあね、と別れの言葉を残し、マシューは僕を追い越して自分の家へ向かった。
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