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 マシューの背中を見ながらアデレードは呟く。色素の薄い肌に浮かぶ赤い斑が痛々しい。 「発疹か。全く、私にかかればこんな程度……」 「いつも貰うあなたの薬を飲んでから、こんなことになって……」 「何だって!?」  遮るように彼女は声を荒げる。ガタッと音を立てて椅子が倒れた。 「まさかとは思うが、瓜を食べてしまったってことは……」 「無いよ……」  俯いたままの彼はか細い声で呟く。彼女も馬鹿な問いを投げ掛けてしまったと絶望する。  マシューの家は町の中で一、二を争うお金持ちだ。食品に関する対策は、アレルギー症状を引き起こすマシュー自身よりも家族や使用人が理解している。最近になってマシューは瓜を口にするとショック症状が出るようになった。町の医者だけでは対処できず、藁にも縋る思いでフランクリン夫妻はアデレートを息子の担当医として薬の処方を依頼したのだ。   その経緯を誰よりも知っている彼は言葉を紡ぐ。 「もう父様も母様も貴女の元へ行ってはダメって……」  語尾になるにつれ嗚咽が漏れる。背中の発疹と同じくらい眼を赤く腫らした彼の目から大粒の涙がポロリと零れた。彼女は無言でティッシュを差し出す。彼は目元を拭った後、チーンっと強い音をたてて鼻をかんだ。顎に指を当てながら彼女は瞼を閉じる。この格好は思考を巡らす時の彼女の癖だ。 「私の調合は完璧だ。食物連鎖の頂点に立つものが下位の動植物を食す自然の摂理と同等にそれは当然であるんだ。」  だが、と前置きをして彼女は膝を床につく。涙を零す彼と目を合わせた。 「私の薬の何がダメかはこの際どうでもいい。今一番に考えなければならないことはお前の心を癒すことだ。森が歓迎した者をこのまま放って帰すことは、私の流儀に反する。」  優しい穏やかな笑みを浮かべて彼女は言葉を紡ぐ。 「マシュー、顔をあげなさい。転ばないように足元を確認することは大切だが、今はその時じゃない。堂々と胸を張るんだ。地面よりも遠く離れた月や太陽や星に心を寄せることが出来れば、お前の中の世界はもっと広がる。お前の望みを口にしてごらん。」 「……まだ僕はここに通っていたい。貴女と沢山話がしたい!」  よく言った。  言葉にせず、彼女は小さな身体を優しく抱きしめた。  母とは違う、父でもない。でも、アデレートとマシューは母子の絆で結ばれている。僕にはそう見えた。
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