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「さんじが好き」  ガヤガヤとうるさい10分休憩中の教室の中。ふと聞こえてきた会話に、城本三次(しろもと さんじ)は耳を傾けた。  白い肌を赤く染めながらそう友達と話しているのは、城本が密かに想いを寄せている椎野(しいの)なごみで、最近急激に親しくなり始めたから、城本は期待で胸を躍らせた。  椎野は小柄で色白で優しい性格をした女の子だ。色白なのは運動が苦手であまり外に出ないからだと聞いたが、そんなところも可愛いくて好きだった。  今日も朝から愛らしい笑顔で真っ先に挨拶をしてくれたし、そろそろ自らの輝かしい未来のために一肌脱がなければと、気合が入る。  椎野との恋人生活を妄想すると、城本の顔は、真夏の日の光に照らされたソフトクリームみたいに、だらしなく緩んでいった。 「三次、溶けてる。ウケる」 「うるさい。つねるな。やめろ」  唐突に、むにっと許可なく頬をつねってくるのは、前の席に座っていた友人の前浜兎希(まえはま とき)。うさぎ年だからという理由で名前に兎が入っているが、可愛らしい名前に反して、前浜は非常に男らしい人物だ。  こんがり小麦色に焼けた肌に、ほどよくついた筋肉。部活はサッカー部に所属していて、しばしばグランドを走り回る姿を見かける。それに身長は185センチもあって、平均身長よりも少し高い175センチある城本が小さく見えてしまうので、城本はそれが気に食わなかった。 「いや、そんな顔してる方が悪いでしょ。構いたくなるでしょ。でろっでろじゃん」 「構うな。あと、でろっでろなのはお前のアイスだから」  城本の頬に触れる手とは反対の手に持たれていたソフトクリームは、夏の暑さに耐えきれず、前浜の手を汚していた。  いくら冷房がきいた教室だとはいえども、育ち盛りの高校生が30名も詰め込まれた教室はじとじとと暑い。 んっ、本当だ、と前浜は呟き、真っ赤な舌を出して、自分の手と、今にも落ちそうなアイスをペロリと舐める。 どこか扇情的なそれに、隣の席の女子たちがきゃっと歓喜の声をあげたのが分かった。 「夏くらい食堂で食ってくればいいのに」 「いやだね。おやつの時間に、ここで食べるのが美味しいんだよ」 「意味わかんねぇ」 「三次には一生分かんないだろうね」 どこか煽るようなその言い方に、城本は思わずムッとしてしまう。 あからさまにそれを顔に出すと、前浜は笑って、唐突にソフトクリームを差し出してきた。 「食べてみたら。今週はコンポタ味だって」 城本の通う学校は、週替わりで色々な味のソフトクリームが食堂で売られていた。 定番のバニラやいちごから、チョコバナナやミルクティーといった代わり種まで、さまざまなソフトクリームが取り扱われており、前浜は毎週月曜日、3時の10分休憩の時に、おやつだといってそれを買ってきた。 そして時々、こうして城本にも味見をさせてくれた。 正直、この流れでもらうのは癪ではあったが、コンポタ味なんて想像もつかないソフトクリームを差し出されたら、食べないわけにはいかない。 ムッとしたままソフトクリームをペロリと舐めると、前浜がふと頬を緩めたのが分かった。 「さんじ、好きだなあ」 「お前はどんだけこの時間のソフトクリームが楽しみなんだよ」 「そうだね。未知の世界で楽しいとは思う」 「たしかにコンポタは未知。でもソフトクリームの甘さとコーンの甘さが絶妙にマッチしてて腹立つ」 「なにそれ」 真面目に食レポをすると、前浜は白くて綺麗な歯をむき出しにしながら、整った顔をくしゃくしゃにして笑い始める。その姿にたまらなくムカついたので、城本はその手からソフトクリームを奪い取ると、むしゃむしゃとすべて食べてしまった。 けれども前浜は怒るわけでもなく、笑いすぎて赤くなったのであろう顔をそのままに、んふふっと今だに残る笑いをこらえながら、ただただ城本を見つめるだけだった。 「私、やっぱじゅうにじが好きかも。おやつよりお昼の方が好きかな」 再び、椎野の声が耳に入ってくる。 会話から、どうやら先ほどのさんじは三次ではなく3時だと言うことが分かる。 「なごみの彼氏、料理上手いもんね。たまに弁当作ってきてくれるんでしょ? 羨ましいなあ」 しかも、さらなる追撃が来て、城本は机に突っ伏してしまった。 まさかの失恋である。 さんじが好きと言われて天まで昇っていた気持ちは、一気に地獄まで転がり落ちてしまう。 「もう無理。俺頑張れない」 「俺はさんじが好きかな」 「いや、今お前の好きな時間とかどうでもいいから」 お前も椎野たちの会話を聞いていたのかと思いつつ、城本はしみじみと言う前浜を冷たくあしらう。 そう言う前浜は愛しそうに城本を見つめていたが、机に突っ伏したままの城本がその視線に気がつくことはなかった。 END        
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