4人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「さんじが好き」
ガヤガヤとうるさい10分休憩中の教室の中。ふと聞こえてきた会話に、城本三次は耳を傾けた。
白い肌を赤く染めながらそう友達と話しているのは、城本が密かに想いを寄せている椎野なごみで、最近急激に親しくなり始めたから、城本は期待で胸を躍らせた。
椎野は小柄で色白で優しい性格をした女の子だ。色白なのは運動が苦手であまり外に出ないからだと聞いたが、そんなところも可愛いくて好きだった。
今日も朝から愛らしい笑顔で真っ先に挨拶をしてくれたし、そろそろ自らの輝かしい未来のために一肌脱がなければと、気合が入る。
椎野との恋人生活を妄想すると、城本の顔は、真夏の日の光に照らされたソフトクリームみたいに、だらしなく緩んでいった。
「三次、溶けてる。ウケる」
「うるさい。つねるな。やめろ」
唐突に、むにっと許可なく頬をつねってくるのは、前の席に座っていた友人の前浜兎希。うさぎ年だからという理由で名前に兎が入っているが、可愛らしい名前に反して、前浜は非常に男らしい人物だ。
こんがり小麦色に焼けた肌に、ほどよくついた筋肉。部活はサッカー部に所属していて、しばしばグランドを走り回る姿を見かける。それに身長は185センチもあって、平均身長よりも少し高い175センチある城本が小さく見えてしまうので、城本はそれが気に食わなかった。
「いや、そんな顔してる方が悪いでしょ。構いたくなるでしょ。でろっでろじゃん」
「構うな。あと、でろっでろなのはお前のアイスだから」
城本の頬に触れる手とは反対の手に持たれていたソフトクリームは、夏の暑さに耐えきれず、前浜の手を汚していた。
いくら冷房がきいた教室だとはいえども、育ち盛りの高校生が30名も詰め込まれた教室はじとじとと暑い。
んっ、本当だ、と前浜は呟き、真っ赤な舌を出して、自分の手と、今にも落ちそうなアイスをペロリと舐める。
どこか扇情的なそれに、隣の席の女子たちがきゃっと歓喜の声をあげたのが分かった。
「夏くらい食堂で食ってくればいいのに」
「いやだね。おやつの時間に、ここで食べるのが美味しいんだよ」
「意味わかんねぇ」
「三次には一生分かんないだろうね」
どこか煽るようなその言い方に、城本は思わずムッとしてしまう。
あからさまにそれを顔に出すと、前浜は笑って、唐突にソフトクリームを差し出してきた。
「食べてみたら。今週はコンポタ味だって」
城本の通う学校は、週替わりで色々な味のソフトクリームが食堂で売られていた。
定番のバニラやいちごから、チョコバナナやミルクティーといった代わり種まで、さまざまなソフトクリームが取り扱われており、前浜は毎週月曜日、3時の10分休憩の時に、おやつだといってそれを買ってきた。
そして時々、こうして城本にも味見をさせてくれた。
正直、この流れでもらうのは癪ではあったが、コンポタ味なんて想像もつかないソフトクリームを差し出されたら、食べないわけにはいかない。
ムッとしたままソフトクリームをペロリと舐めると、前浜がふと頬を緩めたのが分かった。
「さんじ、好きだなあ」
「お前はどんだけこの時間のソフトクリームが楽しみなんだよ」
「そうだね。未知の世界で楽しいとは思う」
「たしかにコンポタは未知。でもソフトクリームの甘さとコーンの甘さが絶妙にマッチしてて腹立つ」
「なにそれ」
真面目に食レポをすると、前浜は白くて綺麗な歯をむき出しにしながら、整った顔をくしゃくしゃにして笑い始める。その姿にたまらなくムカついたので、城本はその手からソフトクリームを奪い取ると、むしゃむしゃとすべて食べてしまった。
けれども前浜は怒るわけでもなく、笑いすぎて赤くなったのであろう顔をそのままに、んふふっと今だに残る笑いをこらえながら、ただただ城本を見つめるだけだった。
「私、やっぱじゅうにじが好きかも。おやつよりお昼の方が好きかな」
再び、椎野の声が耳に入ってくる。
会話から、どうやら先ほどのさんじは三次ではなく3時だと言うことが分かる。
「なごみの彼氏、料理上手いもんね。たまに弁当作ってきてくれるんでしょ? 羨ましいなあ」
しかも、さらなる追撃が来て、城本は机に突っ伏してしまった。
まさかの失恋である。
さんじが好きと言われて天まで昇っていた気持ちは、一気に地獄まで転がり落ちてしまう。
「もう無理。俺頑張れない」
「俺はさんじが好きかな」
「いや、今お前の好きな時間とかどうでもいいから」
お前も椎野たちの会話を聞いていたのかと思いつつ、城本はしみじみと言う前浜を冷たくあしらう。
そう言う前浜は愛しそうに城本を見つめていたが、机に突っ伏したままの城本がその視線に気がつくことはなかった。
END
最初のコメントを投稿しよう!