第二十五話

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第二十五話

 「なんか、未咲くんが幽霊みたいな顔してるね」  迷った挙げ句、結局俺は店に出る事にした。  あのまま部屋に帰っても、落ち込みを通り越してまた部屋から抜け出せなくなる様な気がしたからだ。  重い腰を持ち上げての出勤だったが、店はいつもと変わらぬ緩い空気で俺を迎えた。こうして、常連の三木さんとカウンター越しに話をしていると、ここ数日の怒涛の展開が嘘のみたいに思える。  「未咲くん、隈できてるし。寝不足?」  「ここ二日ばかりは、めっちゃ寝たんですけどね。けど、夢ばっか見てたから、かえって疲れたのかもしれません」  「あー、お店休んでたんだって?夏風邪?」  「みたいなモンですかね。あ、もう治ったんで、うつる心配は無いですよ」  軽口で会話を繋げてはいるが、横で笹倉さんが心配そうに視線を送っているのが分かる。    「幽霊といえばさぁ、前に言ってた地縛霊の子どうした?」  睦月を指すその単語に、小さく心臓が跳ねた。  アイラ島産のシングルモルトを啜りながら、三木さんが無邪気に経過を聞きたがる。  「えーと...。それって何でしたっけ?」  チェイサーの替えを出す俺の手が僅かに震えているのは、笹倉さんしか気が付いていない筈だ。  「ほら、未咲くん言ってたじゃん。なんか、すごい好きな子出来たって。それが幽霊かもって言って盛り上がったじゃん」  白を切り通したい一心で頭をフル回転させるが、スルーワードが全く浮かんで来ない。無理に仕事を作ろうと考えるも、店内の客は三木さんだけという毎度の如く暇な有様だ。  困り果てていると、笹倉さんが助け船を出してくれた。  「未咲くん、来月の花火大会用に仕入れたスパークリング、数合ってるか見てきて」  「あ、はいッ」  三木さんに「スイマセン。失礼します」と告げ、逃げる様にして倉庫へ向かう。背後では、”花火大会”と”スパークリング”に引っ張られ、すっかり興味を移した三木さんと笹倉さんが盛り上がっていた。  申しつけられた仕事は、単なる笹倉さんの機転かと思いきや、倉庫には本当に納品されたスパークリングの箱が重ねられていた。  ――花火大会か。  うちの店の隣は、この店舗スペースを貸してくれている大家さんのマンションだ。そのマンションの屋上から、来月開かれる花火大会を特等席状態で見る事が出来る。  特等席は店の常連客だけに開放され、皆でスパークリング(シャンパンは予算的に無理なので)を飲みまくるというのが、バー「真夜中」での恒例行事だ。  箱を開けると、既に笹倉さんが本数をチェックした痕があった。やはり、あの指示は、笹倉さんの助け舟だったのだ。  申し訳ない気持ちを抱えつつ、三木さんに疑われない様、仕事してる体で時間を潰す。  東雲の心臓は、もう大分弱っているとおばさんは言っていた。  そうでなくても、意識の無いあの状態では、もう花火なんか見れる事は無いのだろう。  睦月だってそうだ。あの場所に縛り付けられて、動けない。見れるものと言えば、川本さんが供えてくれる美しい花くらいだ。  ――!?  ふと、何かが噛み合わない事に気付く。  そうだ、何故あの場所なんだ?  ネットのニュース記事を読んだ限り、睦月は自宅のマンションで睡眠薬の多量接種による死亡とあった。  ならば、地縛霊になるのは、自宅であるのが順当なのではないか?なのに、睦月はあの場所に現れ、川本さんは花をを手向ける。  そもそも、あのニュース記事に行き当たった時、俺は何て検索した?実際のニュース記事の内容には、高架下も駅名もワードとして出てきてはいないのに...。  居てもたってもいられず、サロンエプロンからスマホを取り出して川本さんに電話を入れる。  通話になった途端、先日の発作的な頭痛を心配して、川本さんが体調について尋ねてきた。が、それを遮る様に疑問を投げかける。  「ねぇ、川本さんは何故、あの場所に花を供えるの?何であの場所に睦月が居ると思ったの?」  『――え...?』  電話の向こうで川本さんが絶句する。  二時間にも思える二十秒程の沈黙の後、川本さんが声を震わせる。  『私...なんで、あそこに佐東くんが居ると思ったんだろう...。なんで...』  「川本さん、何か変なんだ。思い出したんだよ。俺、睦月を知ってた。二年前には既に会ってたんだ。喋って、笑って、触れる事も出来てたんだ」  『思い出したって...どういう事なんですか?』  「分からない。なんか、パズルみたいに断片的に画像が頭に浮かんできて。――だけど、全体は全く見えないんだ。繋がらない」  そんな――と言ったきり、川本さんは言葉を失う。  「ねぇ、川本さん。俺たちは、何か違うものを見せられてるんじゃないかな。それが、何のためなのかは分からないけど。誰かが握っているピースを嵌め込めば、睦月の死の本当の画が現れるんじゃないかな」
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