134人が本棚に入れています
本棚に追加
第三十話
パズルのピースが徐々に埋まる様に、抜けていた記憶とそれに基づく真実の絵が浮き上がっていく。しかも、欠けていたピースは睦月に関する事ばかり。
大切にしていた筈だったその記憶を消し去ったものは、一体何なのだろうか。
「けど、解放された未咲と前みたいに会う事は叶わなかった。罰が当たったのかな。多野倉さんに僕がやった事のしっぺ返しが来た」
「...どういう事だ?」
「東雲達の嗅覚は凄いからさ。僕が学校でレイプされてる事を直ぐに嗅ぎ付けた。それで、逆に先輩たちを脅したんだ。”金も払わないで俺らの商品に手出した”みたいな事言ってさ」
「商品って...」
悪い予感が頭を掠める。
「僕の事だよ。多野倉さんだけでは済まなくって、結局、それからも脅迫まがいの手伝いをさせられた。騙し役の僕は東雲達にとっては商品だったから、それを理由に先輩たちを脅してたんだ。内申がどうのこうの言って、結構な金を出させたんじゃないかな」
田口と接触した日の夜を思い出す。
あの夜、先輩とやらは当然の様に金の入った封筒を携えてきた。俺も、東雲達と同じ目的で登場したと勘違いしたのだろう。
睦月が背負っていた苦痛がここまで陰鬱なものだとは、その時の俺は全く理解していなかった。しかも、その理由に俺自身が大きく関与していたなんて。
「――なんで、言ってくれなかったんだよ」
「言える訳ないよ。未咲にだけは知られたくなかった。僕のした事がバレて嫌われるくらいなら、このまま会えなくなる方がずっとマシだと思ったんだ。だから、”未咲に会ったら、全部バラシてやる”って言われて、引くしかなかった。仕方ないよ。東雲は、未咲を解放するっていう約束だけは、ちゃんと守ってくれたんだから」
残酷な話を、諦めを滲ませながら睦月が淡々と語る。
俺は不甲斐なさと悔しさで、涙を堪えるのに必死だった。一人で何もかもを背負ってきた睦月を前に、何もできなかった俺が泣く資格なんて無い。
手を握りながら声を震わせる俺に、睦月の声が静かに降り注ぐ。
「あとはね、未咲を傷付けたくなかった。東雲は未咲の恋人だったし、僕の事より東雲の事を知った方が辛いかなって」
「...恋人では無かったよ。友達でもセフレでも無かったけど、見捨てる事は出来なかった。そのせいで、結局、東雲の事も睦月の事も傷つけた」
握った手の甲に睦月が優しくキスをする。
「――僕ね、今でも後悔してるんだ」
「俺に相談してくれなかった事を?」
「それもだけど、違うかな。僕は、未咲を解放するべきでは無かったんだ。あのまま、未咲と東雲の世界に割り込まずに、そっとしておいてあげたら良かった」
「俺が好きなのはお前なのに?」
「うん。それでも、僕がしたのは取り返しのつかない事だったんだ。だって、僕さえいなければ、東雲があんな風に寝たきりになる事も、未咲が死ぬ事は無かったんだから」
「...え?」
――未咲が死ぬ事はなかった?
睦月の言葉を反芻するが、その意味が頭の中で像を結ばない。
「ああ、心配しなくてもシックスセンスみたいな事じゃないからね。今現在、未咲はちゃんと生きてる。川本さんや仕事先の――笹倉さんだっけ?色んな素敵な人達に囲まれてちゃんと生きてるよ」
「じゃあ、どういう意味だよ。全然、分かんないよ」
睦月が握りあった手に更に力を入れ、俺の目の奥を覗き込む。
「ねぇ、未咲。僕とセックスしようか」
「え?」
動揺する俺を、睦月の強い瞳の光が捕らえて逃さない。
「したいけど...今は、分からない事が多すぎて、正直混乱してる」
「未咲から奪った最後の記憶のピースを嵌めてあげるよ。それには、僕も未咲も全部曝け出さなきゃダメだ。僕も見せるから未咲も全部見せて」
何かを言い返そうとするが、睦月の唇によって言葉は閉じ込められる。
差し入れられた舌は唾液を纏って既に熱く、ピチャピチャと甘美な音と共に口の中が容赦なく蹂躙されていく。
出会った頃の睦月のぎこちないキスを思い出し、これが東雲達に強制された仕事で培われたものと思うと、複雑な気持ちになった。
「未咲、余計な事考えないで」
俺の思惑を察した様に、吐息の合間に睦月が言葉を挟む。そして、絡めとられた舌が一掃強く吸われた。睦月の喉がゴクリと鳴り、俺の唾液が睦月の中に飲み下されていくのが分かる。
そのあまりに淫靡な音に頭の中が白くなり、雑念は遠く飛ばされる。
気が付くと俺は睦月を押し倒し、貪る様にその唇に吸い付いていた。
睦月が言うところの、この生と死と時間の狭間という空間は、上下左右という概念が無い様だ。
俺が思って動いた部分が上になり、下になる。無重力とは違い、空間全体が固いゼリー状になってるみたいな感じだ。
シャツのボタンを引き千切らんばかりの勢いで外し、首筋から胸にかけて唾液に濡れた舌を這わせる。睦月の息が浅く上がり、白い肌が熱を帯びながらうっすらっと赤く色を放っていく。もっと濃く染めたくて、強く唇で吸うと、そこがまるで花を散らした様に赤く染まった。
花びらに埋もれる様に膨らむ二つの小さなピンク色の突起を、片方ずつ舌で転がす。
「――っ」睦月の身体がピクリと小さく跳ねた。
徐々に固く膨らんでいく突起の片方を指で摘まみながら、もう片方に優しく歯を立てる。
「あ...っ」
堪える様に口元を塞いだ手の隙間から、睦月の高く掠れた声が漏れる。
「隠さないで顔見せて、声聞かせて」
除けさせた手の下から現れた睦月の顔は既に蒸気して、涙と唾液でとろけていた。
涙を拭う様に人差し指で頬を優しくなぞり、やさしくキスをする。
「好きだよ、睦月」
満たされた様に微笑んだ睦月は、互いに握ったままだった手を小さく持ち上げる。
「未咲、手、離すと危ないから」
そして、身に着けていた制服のネクタイを外し、自分の左手と俺の右手の手首に巻き付けた。互いの片手が使えない俺達は、協力する様にしてそこに強く結び目を築く。
「お前、制服のまま死んだんだな」
「それも、今から見せてあげるよ」
それを見たいのか知りたいのか分からないが、もはや睦月と交わる快楽に抗う事は出来ない。
身体の下で、俺のズボンのベルトとジッパーがもどかしそうに外されるのを、焦がれて待ちわびる。既に固く起立したそれが直接睦月の指でなぞられた瞬間、俺の頭の中でブツンと何かが弾け飛んだ。
仰向けのままの睦月の口元に、座り込む様にして股間を押し付ける。
それを待っていたかの様に、唾液を滴らせた睦月の舌が俺を舐め上げ、やがてその狭く熱い口の中へ強く吸いあげていく。
息が上がり、腰がガクガクと揺れるのを止められない。
「んっ、う...ん」
声を漏らす俺に触発される様に、睦月の口が激しく上下する。
ジュルジュルと吸われる舌の隙間から溢れる粘液が細く糸を垂らす。
「むつき...もう、いいから」
睦月の頭を押さえて引き抜こうとするが、固く締まった口元が俺を離さない。
「だめ、も...でるッッ」
身体がビクッ跳ね、瞬間、固く閉じた目の奥が白く染まる。
再び目を開けると、注がれたものを飲み下した睦月が小さく咳き込んでいた。
慌てて抱き起し、口元を指で拭ってやる。
「お前、飲んだの?」
動揺する俺に微笑むと、睦月は抱き着く様に俺の首に腕を回した。
「未咲、大好きだよ」
「睦月...」
片手を握り合いながら、その薄い背中を片手で強く抱き寄せる。
「ねぇ、未咲」
「なに?」
「もっと未咲が欲しいよ」
「いいよ。俺は、睦月のものだ」
抱きしめた胸の中で、睦月が小さく鼻を啜る。
「...泣いてんの?」
「だって、嬉しくて」
「そっか...」
涙に濡れた顔で、睦月が俺を見上げた。
白い肌、小作りで尖った顎と鼻先、緑がかった大きな瞳、長く濡れた睫毛。
――本当に綺麗だな。
この世のものではない睦月を、俺は憑かれた様に見つめ続ける。
「ねぇ、未咲」
「ん?」
「ひとつになろうよ」
「いいよ」
――ああ、俺、死ぬんだな。
そんな確信と共に、俺は再び睦月を強く抱きしめた。
最初のコメントを投稿しよう!