134人が本棚に入れています
本棚に追加
番外編『ゼロ回目の二人』前半 ※R18
********
ゼロ回目の世界での未咲と睦月のお話しです。
幸せでイチャイチャな二人を、覗いてみて頂けたら嬉しいです。
三回目の世界でも、またこんな風に二人が幸せだといいなぁ。
********
「探したよ」
人気の無い駅構内の待合に、膝を抱えて座り込む小さな人影。
目の前に立つ俺に気づいている筈の睦月は、項垂れてなかなか顔を上げようとしない。
溜息交じりに周囲を見渡すも、ホームはしんと静まり返っている。どうやら、俺が乗り着いた電車が下りの終電だったらしい。
登りの電車も、恐らくは最終が立った後なのだろう。海にほど近い駅舎は週末のせいもあってか、午前零時を回る前に店じまいの様相を見せている。
ほんの数時間前まで、俺と睦月は桜木町のクラブにいた。
地元の駅から横浜は遠くは無いが、何故か神奈川方面で遊ぶ事はあまりない。今日は、たまたま友達のイベントがあったから、顔を出した様なものだ。
折角の横浜だし、さっさと退散してデートでもしようと思っていたのだが、ちょっと目を離した隙に睦月が消えた。
周辺を散々探し回った挙句、やっと繋がった電話から聞こえて来たのは「未咲、ここどこ?」という心細げな声。要領を得ない会話から何とか状況を聞き出したところ、どうやら一人で帰ろうとして電車を乗り間違えた挙句、寝過ごしたのが急行だったという事だ。
なんで一人で帰ろうとしたのか気になったが、優先すべきは大切な恋人のピックアップだ。「そこ動くなよ」と言って慌てて電車に飛び乗り、俺は何とか迷子の睦月の元へと辿り着いた。
「なぁ、睦月。寝ちゃってんの?」
ベンチに座る睦月に目線を合わせようとしゃがみ込むが、当の本人は顔を伏せたまま応えてくれない。
色素の薄い髪の毛が夜風に煽られて、サラサラと揺れる。
――かわいいなぁ。何でイジけてるのかは分かんないけど。
愛おしく揺れるその髪の毛にそっと触れてみる。と、眠ったフリの睦月の肩がピクリと跳ねた。
「睦月?」
「......」
「なぁ」
「......」
「――泣いてる?」
あまりに返事がないので鎌をかけてみると、「泣いてないッ」と叫びながら睦月が涙でぐしょぐしょの顔を上げた。
瞬間、その小さな柔らかい唇にそっとキスをする。
不意を突かれた睦月は驚いて顔を赤らめると、小さく後ろに飛び退いた。
その様子はまるで警戒心の強い猫みたいで、あまりの可愛らしさに笑ってしまった。が、それが良くなかったらしい。
睦月の表情がみるみるグシャリと崩れ、今度は声を上げて泣き出した。
「え!?ちょっ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないッ。未咲のバカぁ」
――まったく意味が分からない。
子供みたいに泣きじゃくる睦月に圧倒されながらも、やっぱりその姿は可愛くて、口元が綻んでしまうのを止められない。
泣き止む切っ掛けを失ってグズる睦月の身体を、そっと抱き寄せる。最初は、抵抗するかの様に身を固くしていたが、やがて俺の腕の中でふにゃりと溶けた。
「何で泣いてんの?俺のせい?」
しゃくりあげる背中をポンポンと優しく叩く。
「ねぇ、睦月。顔見せて?」
フルフルと首を振りながら、その手は俺の背中にギュッとしがみ付いたままだ。
「いきなりキスしたりしないから。ね?睦月」
肩越しに「――ちがう」とくぐもった声が聞こえる。問い詰めずに、次の言葉を静かに待つ。
「......泣いた後だから...顔ヒドイ」
――なんで、そういう刺さる事言うかな。
興奮したせいか、子どもみたいに体温の上がった睦月の身体を優しく引き離し、涙に濡れた顔にそっと笑いかける。
「睦月はいつでも可愛いよ」
「未咲、面白がってるでしょ」
「そんな事ないって」
頬に残った涙の痕を人差し指でなぞる。指についた清らかな雫を舌で舐めとると、睦月の匂いと共にしょっぱい味が口に広がった。
「何で、急に居なくなっちゃったの?」
「だって、未咲が...」
「俺が悪いことした?」
半分形式的に聞いたつもりだったのだが、意外とはっきり睦月が頷いた。思い当たる節は全くないが、お姫様には何かが気に入らなかったのだろう。
「直すから、言ってみて」
不機嫌に寄せられた眉根目指してキスしようとして瞬間、思いがけないワードが耳に届いた。
「未咲が浮気した」
――は?浮気?浮輪の聞き間違えか?いや、そんな訳ないだろ。
あまりの身に覚えの無さに、頭が混乱する。
睦月と付き合う様になって、セフレとの関係は全て解消した。飲み会だって控えているから、誤解される様な事は無い筈なのに。
「何か、勘違い――」
言い終わる前に、睦月がヒックと可愛いしゃっくりをした。
僅かにアルコールの香りが鼻を掠める。泣いたとはいえ、瞼も重そうだ。
「...睦月、酔ってる?」
「酔ってないッ」
言った途端、電池が切れた様に、睦月の頭がコテンと俺の肩に落ちる。同時にスース―と小さく甘い寝息が首元をくすぐった。
熟睡してしまった睦月をおぶって、海岸沿いを歩く。
タクシーが捕まらないか車道を横目で追うも、シーズンを外した海辺の街は車の通りも極端に少なく、望み薄のようだ。
睦月は、酒が殆ど飲めない。まぁ、高校生だから当たり前と言えば、当たり前なんだけど。
体質的に身体が受け付けないという訳では無いが、驚く程の少量で泥酔してしまう。そんなんだから、遊びに行ったり、食事する時はソフトドリンクが定番だ。
それが、今日に限ってどうした事かと思ったら、彼なりのやけ酒だったらしい。摂取量は、たったのビール一杯だったが。
寝言交じりの抗議内容を要約すると、俺がクラブで女の子と喋っていたのが気に入らなかった、というのが浮気疑惑の真相のようだ。
周りは身内ばっかりだったし、その女の子も俺がゲイだと分かってたから、気安く身体を寄せていた。俺にも、向こうにも全く下心は無い。
が、睦月は「それが切っ掛けで、未咲が女の子に目覚めちゃうかもしれない」という、一周回って斬新な見解を見せた。
「小学校四年生から恋愛対象が男性と自覚してた俺に、それは無いでしょ」と言ったが、熟睡に突入した睦月の耳には残念ながら届かった。
四十分程歩き続けた辺りで、睦月が「うーん...」と小さく唸った。
背中の重みが少しだけ軽減される。
「未咲...ここどこ?」
「起きた?睦月、それ言うの今日二回目だよ」
背後で、睦月が戸惑っているのが分かる。
「酔っぱらって電車乗り過ごしちゃったの、覚えてる?」
暫く、ぐるぐると頭を巡らせていたらしい睦月は、何かに思い当たったのだろう。「未咲...ゴメンなさい」と、ションボリした声で言った。
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「大丈夫。僕、歩くよ」
「いいよ。もうすぐ着くし」
十月も後半差し掛かった夜空は、遠く澄んで月が高い。
過程はさておき、こんなに静かで美しい夜の中で、背中に愛しい人を感じていられる幸せを噛み締める。
「ねぇ、未咲、もうすぐって何処に着くの?」
「俺んち。偶然だけど、この先に夏場だけ使ってるリゾートマンションがあるから」
「別荘?」
「って、ほどじゃないよ。普通のマンションだから、そんな高くないし」
ふーんと言いながら、睦月が甘えた様に俺の肩に頬を乗せる。
「未咲も家族と旅行とかするんだね」
「俺?俺は行かないよ」
「なんで?」
「まぁ、色々と難しいんだよ。けど、両親と兄貴はこの夏も来てたみたいだから、多分掃除もしてあると思うよ」
中学でゲイばれして以来、学校にも家にも居つかずにフラフラと遊んでる俺を、家族は明かに持て余していた。だからと言って無視を決め込まれている訳では無いが、家族の行事などに声がかかる事も殆ど無い。
そんな立ち位置は楽と言えば楽なのだが、このままじゃダメなんだろうなという事は、何となく分かる。
ぼんやりと考えているうちに、マンションの前に着いた。
何だかんだで駅から一時間弱、睦月を背負って歩いた事になる。流石に少し、背中が軋んだ。
キーケースに鍵を付けっぱなしにしておいて良かった。うろ覚えの部屋番号の下に「西之」のプレートを確認し、玄関ドアを開ける。
まだ眠そうな睦月を背中から下ろし、上がり框に腰かけさせてスニーカーの紐を解いてやった。
「未咲、なんか王子様みたい」
――いや、どちらかと言えば下僕だろうと思ったが、素直に「ありがとう」と言っておく。
冷蔵庫には、有難い事に家族が残していった飲み物が入ったままになっていた。リビングのソファにポツンと座る睦月に水のペットボトルを渡してやり、自分は缶ビールのプルタブを抜く。一口飲んで、せわしない一日にやっと一息つけた気がした。
「睦月、風呂用意してるから、ちょっと待ってな」
「...ありがとう」
小さくお礼を言った睦月は、縮こまる様にしてペットボトルを握りしめている。何か言いたげなくせに、ぎゅっと唇を噛み締めながら俯いたままだ。
ビールの缶をソファテーブルに置き、睦月の隣に腰かける。
「睦月、何か言いたいことあるの?」
「......ごめんなさい」
「そうじゃなくて」
未だアルコールが残っているのか、火照ったままの睦月の頬を両手で挟み込む様にしてこちらに顔を向けさせる。
「俺の嫌なところとか、こうして欲しいとかあったら普段から言って」
「だって...未咲は悪くないもの」
「どっちが悪いとかじゃないよ。睦月はいつも聞き分けが良いから、どこか俺に遠慮してるんじゃないかなって。だから、今日みたいにお酒の力を借りたりしないで、ちゃんと我儘も言って欲しい」
「未咲...」
両手の中で睦月の頬が更に熱を帯び、長い睫毛が細かく震える。濡れた瞳の奥を覗き込みながら、柔らかいその下唇を親指でそっとなぞると、睦月の身体から力が抜けるのが分かった。
小さく漏れた吐息を逃さない様に、思わず唇を重ねてしまう。
――いきなりキスしたりしないって、言ったのにな。
抉じ開ける様に差し入れた舌に、睦月がおずおずと応える。躊躇しながら触れる舌先を捕まえて甘噛みすると、溢れた唾液が睦月の喉元を濡らした。
ちゃんと話をしようと思ったのに、暴走しそうな自分が居る。
一旦身体を離し、胡麻化すように「風呂みてくるな」と立ち上がる俺のシャツの裾を睦月が引っ張った。
「ねぇ、未咲」
「なに?」
反応しかけている股間を見られない様に、後ろ向きのまま応える。
「思った事、言っていい?」
「...いいよ」
何を言い出すのかと身構える俺の背中に向かって、睦月が遠慮がちに、だけど熱を持った声で訴える。
「お願いがあるんだけど」
「うん」
「未咲の身体、見たい」
――何言っちゃってんの、この子。
「身体見たいって、俺達いつもエッチしてるでしょ?」
激しい萌えと羞恥心を懸命に押し殺し、意図を探るべくやっとの事で振り返る。と、縋る様な睦月の視線にガチンコでぶつかってしまった。
「だって、僕いつも夢中で。気持ち良すぎて目閉じちゃってるから――」
――だめだ。完敗だ。
俺は、所詮この可愛すぎる俺のお姫様の下僕だ。
最初のコメントを投稿しよう!