老執事の回顧

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老執事の回顧

「昔、この屋敷が建つ前ーー火事で焼け落ちる前までは、ルトヴィアス様のご親族が住んでおりました。その屋敷には、奥様と一人娘のミオソティス様が住んでおりました。旦那様は既に亡くなっていましたので、奥様とミオソティス様と、ほんの数人の使用人達で慎ましく暮らしておりましたーー私もその一人でした。 ミオソティス様は、とても愛らしいお嬢様でした。歌が得意でいつも時間帯に関わらず、歌っては、奥様や使用人達を喜ばせておりました。そのミオソティス様も、使用人達にとても優しく、料理番が作るお菓子と、亡くなった旦那様から生前に頂いたピンク色の日傘が大好きでした。 ミオソティス様の噂は遠方まで届いておりまして、ミオソティス様が12歳になってからは、縁談の話があちこちから届くようになりました。しかし、ミオソティス様は屋敷に残される奥様と使用人達を案じて、縁談の話を断り続けました。 そんなある日の事でした。私が本邸ーールトヴィアス様のひいお祖父様に呼ばれて、この屋敷を離れていた時に起こりました。 ミオソティス様が縁談を破棄した事に逆上した者の一人が、このお屋敷に火を放ったのです。使用人が気づいた時には、火の手は大きくなっておりました。戻って来た私を含めた使用人達で消火を試みましたが、火の手は収まることはありませんでした。 やがて、使用人の一人が、奥様とミオソティス様が屋敷に取り残されている事に気がつきました。私を使用人と共に燃え盛る屋敷に入って行き、使用人は奥様を、私はミオソティス様の元に向かいました。 ミオソティス様は火元に近いお部屋におりました。私がミオソティス様の元に向かった時には、既に焼け落ちてきた柱や天井で火傷を負っておりました。 私は、そんなミオソティス様のお姿に泣きながら、屋敷から飛び出してすぐ、屋敷は焼け落ちましたーー奥様と、その奥様を迎えに行った使用人は、とうとう戻って来ることはありませんでした。 その後、ミオソティス様は近くの村の病院に運ばれました。ミオソティス様の火傷は酷いものでした。焼け落ちてきた柱から天井から庇おうとしたのか、顔だけではなく、手足や、身体も火傷を負っており、意識もない状態でした。ミオソティス様を連れて戻る時に、私も軽い火傷を負いましたので、一緒に手当てをして頂きました。 やがて、屋敷の片付けをしていた使用人が、ミオソティス様が大切にされていた日傘の一部と、ミオソティス様が好きだったマドレーヌを焼いて持ってきました。それでも、ミオソティス様が意識を取り戻すことはありませんでした。 ミオソティス様が意識を取り戻されたのは、次の日の夜、十六夜の月が綺麗な夜でした。ミオソティス様は意識を取り戻すと、声にならない声で、讃美歌を歌い始めました。 そうして、ミオソティス様は、お菓子が食べたい。と申されました。私は枕元のマドレーヌを千切ると、ミオソティス様に食べさせました。包帯の下で静かに咀嚼される音を、私は今でも忘れる事が出来ません。 そして、ミオソティス様はマドレーヌを半分も食べる事は無く、そのまま息を引き取ったのです」
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