かりそめキャスト

2/5
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
 次の日、これはこれで学校は大変な騒動になっていた。 「ねえ、清次さんってどの人?」 「このクラスで合ってんの?王子(シン)彼女(デレラ)」 「ほらあの子だよ、長い髪の…」 「ええ、見えない!こっち向いてー」  この間まで隣のクラスの前にあった人だかりは、そっくりそのまま、この教室の前に移動しただけだった。  朝には耳が早いクラスメイトに始まり、皆から存分に冷やかされ、休み時間になるとこうして廊下から眺められ。上野のパンダの気持ち、少しは分かる気がした。そんな冗談は言えるのに、付き合うことになったとは言ってもこの複雑な事情のことを、結局は誰にも言えず終いだった。あまり、触れてまわるような話でもないと思ったし。 「よくやった、遥」 「今度二人で歩いてるところ、見せてねっ」  紗奈ちゃんはわしゃわしゃと髪を撫でてくれるけど。美冬ちゃんもスケッチブック片手に張り切っているけど。私の頭はまだこんがらがったままだった。せめて紗奈ちゃんや美冬ちゃんには正直に全てを打ち明けたくても、まだ自分でも整理しきれていない、というより、その材料が揃っていないうちからは、どうすることもできない。 「…頑張ったね」  そんな風に机を見つめて、ぼうっとしている私の正面にふわり。紗奈ちゃんはしゃがみ込んで笑顔を届けてくれる。 「紗奈ちゃん…」  なんだかほっとして、私も釣られて目尻を下げた。  でも、頑張るのはきっと、これからなのだ。私は、蓮未くん――鷹矢くんのために。成らなければいけないから。  ――忘れられない女の子がいるんだ。 「名前まで一緒だったから、びっくりしちゃったよ」 「…じゃあ、私の名前を呼んだわけじゃなくて…」 「…うん。見かけた後ろ姿が、その子とあまりに似てたから、つい。…ごめんね」 「ううん。…謝んないで」 「…でも後ろ姿だけじゃなかった」 「え?」 「不思議だよ。…本当に、ハルカとまた、出会えたみたいだって」 「…そんなに、そっくりなの?」 「……うん」 「…」 「だからね、僕の中の…僕はタカヤって呼んでるんだけど、彼が、ハルカと過ごしたいって」 「…うん」 「…彼と、僕のために。ハルカに、成ってくれる?」 「…私で、よかったら」  ――ありがとう。…………  よくよく考えたら、知らない子に成りきるなんて、そんなに簡単なことじゃないはずだ。つい、いいよなんて返事をしてしまったけれど。  チャイムが鳴る。皆の足音と机や椅子の動く音に紛れて、私は頬杖の中にため息を隠す。  告白をしに行ったつもりが予想だにしない申し入れを受けることになり、私は自分の立ち位置を見極められずにいた。それでもこれだけははっきりしている。  きっと私は、鷹矢くんの恋人なんかじゃない。  だから、紗奈ちゃんや美冬ちゃんが自分のことのように喜んでくれても、周囲の人があんなふうに私を見ても、それはすべて私じゃないみたいで。私の向こうの「誰か」なんじゃないかって。  ドクンと脈打つ心音が「そうだ」と言った気がして、なんだかどこかがちくりと痛くて、授業はずっと上の空だった。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!