かりそめキャスト

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 お昼休み、私と美冬ちゃんの机をくっつけたところに、紗奈ちゃんがぷらんとお弁当を揺らしながらやって来る。 「食べよ食べよー」 「おお?遥、今日はタッパーなのっ?」  昨夜、色々といっぱいいっぱいで、おばさんのご飯も喉を通らなかった。だから夕食が始まってすぐ、お暇させてもらったとき、帰りがけに包んで持たせてくれたのだ。 「うん、湊人のおばさんのお手製。たくさんあるから二人ともどうぞ」  大きめのタッパーの、蓋をめくる。 「すごっ!」  溢れんばかりの黄金のオーラは、二人の視線を釘付けにする。 「林堂のおばさん、料理研究家か何か?」  紗奈ちゃんたちは同時に覗き込んだあと、後方の席の、湊人をちらり。 「…?」  すぐに気づいて、訝しげな視線だけを返してくる。私はそこに、まともに加われなかった。  昨夜は私がそんなだったから、湊人とも上手く会話できていない。「ただいま」と「お帰り」すら交わしたかどうか、あやふやだった。昨日の放課後、私が中庭へ行くことは湊人も知っていた。きっと、振られて落ち込んでいると思ったはずだ。あいつのことだから、もっと子供っぽい冷やかしとか、馬鹿にしたような憎まれ口を予想していたのに、静かにそっとしておかれたものだから、余計調子が狂った。それとも、私がぼうっとしていて覚えていないだけなのかな。  今朝からの、私の周りの非日常的なざわめきを、湊人はどう見ているのだろう。言いそびれたままなのが、後ろめたくて。どんどん気まずくなるのは分かっているのに。  湊人もあれからずっと何も言ってこないまま、今日も半分が過ぎようとしている。  あぁ。考えがまとまらない。きっとお腹が空いているせいだ。なにせ昨日の夕御飯から食事をすべて飛ばしてしまっているから。  そして長らく空腹状態の胃を満たすべく、光輝くジャーマンポテトに箸を伸ばしたときだった。 「ハルカ!」  教室の後ろの扉から、唯一無二のキラキラオーラが漂ってくる。それは声の主が放つものに違いなかった。  クラスメイトの視線は一様に彼へ、それから私へと移る。  私はと言えば、間抜けに口を開けたまま。掴み損ねたじゃがいもが箸の先でこける。 「鷹矢くん…」  私のそんな吹けば飛ぶような声ですら、教室中を駆け巡った。 「『ハルカ』に『鷹矢くん』だって」 「思った以上にこれは…」 「さすが、初々しくも見せつけてくれるわー!」  そんな声のいくつかが耳に入ったところで、もう訳がわからなくなる。まるで芸能人のゴシップだ。未だに口は閉じられない。 「メッセ送ったけど、既読つかないから」  そんなことは意に介していないのか、彼は爽やかな王子スマイルを崩さない。扉を手で畳んだままじっと見ている。(ハルカ)だけを。  分かっていても体温は一気に上昇する。石炭をくべすぎた蒸気機関車みたいに茹る顔。私はやっと箸を置き、弾かれたようにポケットからスマホを取り出す。 「今日、お昼一緒に食べよう」  メッセージアプリを開くまでもなく、ディスプレイは最重要案件であることを強調するかのように、その一言を教えてくれた。 「ご、ごめん、見てなくて…」 「あはは、ハルカらしい」  ハルカさんも割と抜けた人だったのだろうか。なんて思うより早く、教室中の好奇の視線は輪をかけたようにさんざめくから、私はいたたまれずに立ち上がる。  追うように見上げられる、ふたりの視線。 「あたしらはいいから、行っといで」 「ふふっ、またお話聴かせてねっ」  紗奈ちゃんの微笑と美冬ちゃんのウィンクは、面白半分でもなんでもなくて。 「紗奈ちゃん…美冬ちゃん…」  そうだ、思えば昨日も、ううん、いつだって。こうして背中を押してくれている。 「うん…ありがと、行ってきます…!」  そして私は、幾つもの瞳に身体中をつっつかれるようにして教室を後にする。だから、あんぐりと口を開けたまま固まる湊人のことに、気を留める余裕も無く。その後ろを足早に抜けてしまう。 「あ。遥、お弁当…」 「ぜーんぶ置いてっちゃったねっ」
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