モデル

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 ローファーを踵から外し、一方ずつ下駄箱へ入れていく。上履きを半ば放るようにして置くと、やっぱり片足ずつ爪先を入れる。  そうして顔を上げたら、目の前にある掲示板。貼り出されていた物はもう変わっていた。ドラマで見かける辞令のように簡素な紙の横にあるのは、おそらく美術部の手掛けたものだ。発色の良いポスターカラーがカラフルに跳ね回っている。 「もう文化祭かぁ…」  そこには「見鐘台高校文化祭」と大きく描かれていた。それは文化部にとっての一大イベント。このポスターの弾けるダイナミックさが物語っていた。  高校生になって初めての文化祭。中学までのそれとは違い、クラスで結束してお店を出したり、出し物をしたり。楽しくて賑やかなわくわくが、たくさん待っているに違いない。私は掲示板を通りすぎてもなお、その渾身の彩りから目を離せずにいた。 「はーい!そういう訳でー、今日のメイン!文化祭の出し物を決めまーす!」  肩の上でくるるんとカーブした髪を揺らして、冴子先生は今日も元気だった。朝のロングホームルームにて、一通り連絡事項を伝え終えたら、きっととっても楽しみなんだろうなぁ、ギアをひとつ入れてきたのだ。その連絡の中には、私も鷹矢くん同様の措置が取られたということも含まれていた。 「ほらあったでしょっ、掲示板。ポスターの横っ」  美冬ちゃんが後ろから教えてくれる。きっと、あの辞令みたいなプリントのことだ。それで、今日は人だかりもなく平和な朝を迎えられたわけだ。これでパンダ気分ともお別れ。私は一人、ほっとする。 「食品衛生の管理上、食べ物、飲み物の出店数は限られます!例年三年生で埋まるので、お店を出す場合はそれ以外でね!」  言いながら、冴子先生は黒板に「飲食物」と書いてバツを付ける。 「あと、劇や演奏で体育館を使いたい場合も、抽選になるから気をつけてね!希望するなら、委員長には昼休み、使用権を決める抽選会へ行ってもらいまーす。だから外れた時のことを考えて、出し物候補は二つ、決めておいたほうがいいわねっ!」  続けて横に「体育館」、その下に三角を書いた。 「じゃ、クラス委員にバトンを託しまーす!」  カツーンと黄色いチョークが溝をはね返る。勢いそのまま、ふわわんと飛びながら教壇を降りる冴子先生は、誰より楽しそうだった。  結局出された案で多数決を取ってみると、やっぱりダントツで劇が人気で、次いで縁日、脱出ゲーム、お化け屋敷、その他色々。 「縁日って、かなりざっくりしてるような…」 「それで言うとお化け屋敷も縁日っちゃー縁日だもんねっ」  うーん、そうかな。お化け屋敷のあるお祭りって珍しいと思うけど。それにしても具体的に何をやるつもりなんだろう。  ざわざわと浮き立つ教室を、委員長の遠慮がちな声が横切る。 「それでは、うちのクラスは第一希望が劇、第二希望が縁日で、決定しました…!」  ぱらぱらと起こる拍手と笑顔。今のところはそんなふわっとした感じで盛り上がり、 「はーい!じゃ、これで希望出しときまーす!委員長は、昼休み抽選会ね!忘れず生徒会室へ行ってね!」  冴子先生も書類をまとめ、ひららんと一回転、スカートを翻しながら満足そうに去っていった。 「縁日って言ったら、輪投げ、射的、ヨーヨー掬い…」 「綿菓子っ、かき氷っ、りんご飴っ…」 「…美冬ちゃん、食べ物はNGだよ」  次の授業が始まるまで、クラス中は出し物の話題で持ちきりだった。もっとも、皆は体育館の使用権を獲るつもりでいるようで、劇の演目を何にするかという話が主だっていた。 「ロミオとジュリエット!」 「もっとコメディのほうが良くなーい?」 「えー、例えば?」 「うーん…」 「ていうか、うちのクラスにはシンデレラがいるじゃん!」 「あ、そっか!遥!」 「…えっ?」  私はりんご飴よりいちご飴派だという話をしていたところで、ふいに後ろから呼ばれて振り返った。 「体育館獲れたらさー、シンデレラ演ってよ!」 「ええ!?」 「ちょっとちょっと、王子役はどうすんのよ」  唇を尖らせ、紗奈ちゃんも参戦。 「あー、そっか。蓮未くん以外と恋仲やるの、やっぱ嫌?」 「えっ?いや、そんな…!」  両手を思い切り振るけれど、 「今さらなーに恥ずかしがってんだよ、はる。やってやりゃあいいじゃん」  湊人までが乱暴に乗っかるから、余計に加速して。 「ほらほら。弟さんの許可も出たことだし」 「ざけんな、なんで弟なんだよ!」  それはたぶん、湊人が子供っぽいから。なんて本当のことを言ってしまうと可哀想かもしれない。実際、誕生日も私のほうが先なのだ。  吠える湊人には目もくれず、皆は先を続ける。 「じゃー、隣から借りてくる?王子」 「いいって言ってくれるかな?」 「おいッ」 「彼女の頼みなら断らないでしょ」 「いや、六組の他の子たちがよ…」 「聞いてんのかお前らッ」  そしてチャイムが鳴り、そんな会話も終わりを告げる。湊人はふてくされたまま盛大に頬杖をつく。  でもどうしよう、本当に劇をすることになっちゃったら。肩をぽんっとしていった紗奈ちゃんの目も割と本気で。あわあわする私を、何やら企みの眼差しで見つめる美冬ちゃんには、気づかないでいた。
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