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クラスの模擬店は、なるべく重複するものがないように、希望と照らし合わせながら委員会で最終決定された。やっぱりそれも上級生から優先されていくものらしく、一年生のクラスは隙間産業的なものが目立つ。一番当たりだと言われているのは、
「六組いいなー、希望通り?」
「らしいよ、二年生にホラーハウスやるクラスがあるから、負けないようにすっごいの創るって意気込んでた」
鷹矢くんのクラス。「お化け屋敷」の希望がそのまま通ったらしい。ホラーハウスとの違いについては私はよく分からない。同じ物のように思えるけど、三学年合わせて二十四クラスもあるのだ、ひとつくらいは被っても良いということかな。
「業者さんとの最終打ち合わせ終わったよ!」
「お疲れー!」
「とうとう来たって感じだね!」
「こっちもいい感じ!乾さんのセンスやばい」
私たち一年五組は、金魚すくいのお店を出すことになった。縁日と言うとさすがにざっくりすぎるので、何かひとつに絞ろうという話になったとき、輪投げや射的の希望を出していたクラスから、「縁日だったら何でもいいんだよね?」という論理で押し切られてしまったらしい。委員長は何度も頭を下げていたけど、「一番縁日らしくていいじゃん」と、クラスの皆も大賛成だった。
美術総監督の美冬ちゃんの指揮の下、準備は着々と進められ、いよいよ本番の明日に向けてラストスパート。
「林堂くん、コレつけてよ」
「あ?何、てっぺんのやつ?」
「そうそう」
教室入り口に飾る、金魚のオブジェが出来上がったみたいだ。女の子5人がかりの力作。それを看板の上に取り付ける予定だった。
丁度入り口にて脚立の上で作業していた湊人が、わっさと金魚を受け取る。万一落ちても危なくないように、新聞紙と綿と布、仕上げのハードチュールだけで作ってあるけど、軽いとは言え結構大きいので扱いに苦慮している様子。
「でかっ…」
「あれ、大きすぎた?デザイン案的にこれくらいかなって」
「気を付けてよね!壊れやすいから」
「んな事言ったって…」
一面薄い水色に塗られた板に、透け感のある濃淡さまざまなブルーの布をねじりながら貼り付けた、水槽をイメージした看板。あとはここにフェルトで作った「金魚すくい」の文字と、カラフルな飾りを乗せていく。その仕上げにドンと真っ赤なこの金魚。目を引くこと、間違いなし。
「看板まだ出来てねーし、最後のが良くね?」
「いいから試しにつけてみてよ」
「…人使い荒えな…」
女の子の圧に渋々、湊人は脚立をもう一段上がる。すでに入り口の扉は全て取り外されていた。上窓を全部開けて剥き出しにした柱へ、オブジェに予めつけられていた紐を結んで固定したい、のだけど。
「…くそ、これ、腕回んね…」
大きな金魚を御しきれない。
「はーい!ちょっと通りまーす!よけてよけてー」
そうして手間取る湊人にアクシデント。
「え、ちょ、わ!」
組み立てられた大きな屋台が廊下を通り抜けようとして、脚立の足元を誰かがガツンと蹴ってしまう。当然バランスは崩れ、
「湊人!」
くしゃっ。
私が声を上げるより早く、自力で落ちずに済んだまでは、良かったんだけど。
「おい林堂…何やってんだよ」
湊人はどうにか耐えている。柱をぎゅんむっと抱きかかえ、華奢な金魚ごと。
「おまっ!…」
思わずクラス中が注目した。ぷすっと誰かが噴き出すと、くすくすくすと笑い声は一気に伝播していく。
だって、湊人ってば、
「おーい!林堂が金魚とちゅーしてんぞー!」
「ぶはっ!してねえッ!!」
思いっ切り金魚のぷっくり唇に顔をうずめている。
「あっはは、ばっちりおさめちゃった!」
けたけた笑いながらスマホを顔の横で揺らすクラスメイトを、湊人が睨み付ける。
「消せ!今すぐ!」
「やだー、写真部のコンテストに応募するもん」
「やめろ!マジで!」
でも反対側、教室内から援護射撃。
「え、何。林堂、初ちゅー?なあ初ちゅー?」
「うっせー!だからしてねえッ!」
私の知る限り、湊人はその、まだのはずだ。ただ私がここで言ってしまうのも、それはそれで彼の尊厳にかかわると思うから黙っておく。
必死でまくし立てるその顔は、金魚に負けないくらいに真っ赤だった。
「…とりあえず、降りたら?」
とは言ったものの、頭に血が上っている湊人へは、聞こえるはずもなかった。
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