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すすり泣く声だけは風も抱いては行ってくれなかった。
緑を踏むごとに青は落ちてくる。
知らない香り、憧れた街並み、それなのに空だけはひどく見慣れたそれと変わらない。
裏切られたと感じるべきか、ほっとしたと少しでも心を落ち着けるべきか、分からないままに私は呟いていた。
「…空は…日本で見るのと、変わらないね…」
日の光が涙の筋をさわっていく。乾いて、灼けて、でも、どうしてかさっきみたいには痛くない。それどころか――。
「…それを聞いて、彼女も喜んでるよ」
「え…?」
目線の先、丁寧に草の刈り込まれたそこに現れたのは、街を望むように淑やかに佇む墓標。傍らに植えられたまだ若い向日葵たちが、懸命に太陽を追いかけていた。
「もうひとつの故郷の空ってどんなかなって、言ってたようだから」
吸い寄せられるように、私は鷹矢くんの手を離れて、晴夏さんの前で膝をついた。ここだけ少し土が湿っていた。
「…見たことないの?」
手を合わせながら問い掛けたって、もちろん晴夏さんから返事が返ってくるわけじゃない。それでも彼女と話がしたかった。どんな人か、もっと知りたかった。
「……」
無言の会話は、騒ぎだした風に消え、
「ここがタカヤの夢の終わり」
瞼を開いたら、降ってきた声。鷹矢くんは、ぐうっと首を伸ばして天を見上げようとする花を、静かに見つめていた。
「春に言ってたお墓参りも、…ここのことだったんだね」
「母さんから聞いてた?」
「…うん」
刻まれた日付は、夏から春。
今日が、そう、あなたの誕生日。
「本当はね、」
丘を吹き上げていく風が、強さを増してきた。鷹矢くんは腕でそれを避けながら、今度はぶつかり合うように声を張った。
「タカヤもずっと、夢から醒めないといけないことは、分かってたんだ」
だから、心の底で眠る彼にも届いている。
「最後のあとちょっとを、踏み出せないでいただけ。臆病だからね、タカヤは」
しばらく胸のあたりに視線を留めてから、鷹矢くんはこちらに顔を向ける。
「だから…遥が背中を押してあげて欲しい」
「鷹矢くんは…?」
「タカヤの夢が終わるなら、僕たちのおとぎ話もおしまいだよ」
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