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豹変ヴァンパイア
――引き受けてしまった。
放課後は、出し物について最終決定のための話し合いがあり、いつもより帰りが遅くなっていた。暮れなずむ空を背負いながら、私は一足一足アスファルトを踏みしめる。ほのかに覗くオレンジに、そっと励まされながら。
委員長が体育館使用権を懸けた激戦に敗れ、私たちは教室内でできる模擬店に限られることとなる。結構全力で鷹矢くんを借りるつもりだった紗奈ちゃんと他の女の子たちは、こっそり残念がっているようだった。私はと言えば、その影でもっとひっそり、胸を撫で下ろしていた。
ただでさえ、被服部のショーに出ることになったのだ。それも――
「じゃーんっ!」
美冬ちゃんが見せてくれたデザイン画は、やっぱり王子様とシンデレラの衣装だった。
「わあ、すごい。乾さん上手だね」
感嘆しきりの鷹矢くんへ、美冬ちゃんはどうぞとスケッチブックを手に取らせる。平和な笑みを浮かべる彼に、つい和みそうになるけれど、ここで私までぽうっとするわけにはいかなかった。ふるふると、頬の薄紅を追い払う。
「鷹矢くん、感心してる場合じゃないよ。これをね、私たち…」
「そうっ、着てくれるっ?」
出た。美冬ちゃんの、星屑の瞳。
「僕が?」
「うんっ、遥と一緒にっ」
「…ハルカも着るの?」
ちょっと待って。キラッキラが伝染ってない?鷹矢くんまで、その笑顔で、だめ!私を見ないで!
「わ、私は…!」
両手を翳して防ごうとするけど、
「そっかぁ、見たいな」
何の意味も成さなかった。
「…ええっ!?」
眩しい笑顔だけでも手に終えないのに、期待の眼差しまでそこに乗せられたら、私ははっきりノーなんて言えなくて。
「じゃあ決まりねっ」
「ま、待って美冬ちゃん、私そんな大役…!」
「安心してっ!とびっきりの衣装作って、絶対トリの枠勝ち取るからっ!」
「余計にプレッシャーだよー!」
えんえんと首を横に振る私には取り合わず、美冬ちゃんは散らばった鉛筆をペンケースに収めていく。
「じゃっ、遥のドレス、早速取り掛かっちゃおっかなっ」
「えっ?採寸は…」
よいしょっと荷物をまとめて立ち上がると、美冬ちゃんは「最高に満足」と書いてある笑顔で恐ろしいことを言った。
「遥のは大丈夫っ!さっきの体育で、最後のパーツも採れたしっ!」
「え…?」
「じゃあっ、お邪魔しましたーっ!」
色とりどりの音符を撒き散らしながら、美冬ちゃんはるんるんと走り去っていく。激しい虹色の嵐だった。
「…ハルカ、いつの間に採寸受けてたの?」
その後ろ姿へ手を振っていた鷹矢くんは、わなわなと震える私を見て目を丸くする。
「ま、まさか…」
三限目の体育の前、着替えの最中に後ろから、掴まれた。両方とも。え、あれで?
私が自分の胸に目を落としていると、
「ハルカ?」
「わっ、あ、本当!いつの間に…」
すぐ耳元で呼ばれて、弾かれるように横へ顔を向けたら、不思議そうに微笑む鷹矢くんと目が合って、
「顔、赤いよ?」
やっぱり格好良くて、
「なんでもないよ!」
またひとつ、頬の赤の、理由が増えた。
あの後美冬ちゃんを問い詰めたら、サイズは日頃から何気ない場面でこっそりと測っていたらしい。ヒップは、この間スカートの折り目を整える振りをして。油断も隙も無駄もない。おそるべし、美冬ちゃん。
「はあー」
くんっと空を見上げたら、橙に照らされ頬を染めた雲がもじもじ。その背中を追うように、夕焼けがとことこ歩いてくる。
「鷹矢くんの、王子様…」
その身ひとつでもう完璧な王子様なのに、それ以上どうなっちゃうんだろう。美冬ちゃんの衣装を着た姿を夕空に浮かべるだけで胸がいっぱいになる。それで隣を歩くなんて、本当にできるのかな、私。手と足が一緒に出てしまう自信だけはある。
私のどきどきが高まるたび、ついに走り出したオレンジが群青を追い上げる。お隣のインターホンを押す頃には、辺りはすっかり暮れ色に染め上げられていた。
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