死神からの依頼

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死神からの依頼

 リベック・スーデルは走っていた。  特別指定都市「シーデン市」の市庁舎第三十五部署『魔術解析捜査部』の仕事で、軍警と共に最近多発していた事件の犯人、違法魔術書を持つ相手を追いかけていた。  この特別指定都市「シーデン市」は北大陸から押し寄せる科学文明と、南大陸から押し寄せる魔術文明とが入り交じった混沌とした街なのだ。全てを四十五の区画に分け、北大陸の影響の大きい西側と、南大陸の影響の大きい東側とに大きく別れている。そして一番東の端にある『河向こう』と呼ばれる、南大陸の影響の一番大きい、その上、南北大陸からの不法移民の多い街で一番混沌としたした場所があるのだった。  そんな中、背が低く女顔をコンプレックスにしている上、運動が苦手で途中何度も転びそうになりながらもリベックは先を行く先輩のキアナ・アベーストを必死に追うのだった。 「捕まえたー!」 とキアナの声がするとリベックと軍警達はその場に急いだ。  キアナに関節技をかけられた男は少し離れた場所にある本を取ろうと必死になっていたが、キアナの技が決まってしまっていて動けそうになかった。  軍警がその男を確保すると、キアナは立ち上がって取り押さえた際に飛ばされてしまっていたスクウェアタイプのメガネを拾う。印象的なオレンジの髪が風に揺れる。 「キアナ先輩、お疲れ様です」  ハアハアと息を切らしながらリベックがそう言うと、 「リベ君はもうちょっと頑張った方がいいよ、運動」 「僕運動音痴なんですから仕方ないですってば」 男性としては背の高いキアナを見上げながら、頭脳労働は残念な割に運動能力だけはずば抜けているキアナには、言われたところでこれはどうしようもない事なのだった。  因みにリベ君とはキアナが勝手に付けたリベックのあだ名だ。 「いやー、早いなー、流石だぞオレンジ頭」 と言って来たのは第四十四区画担当の軍警のニコラス・スミスだった。軍警らしいがっしりとした体格でバンバンと嬉しそうにキアナの背中を叩く。 「オレそれくらいしか出来ないからなー」 「まあ、後の事は軍警に任せておけ、後で報告書送るからな」 「ありがとうございます、ニコラスさん。魔術書はこちらで解析させてもらいますね」 「おう、そっちは任せたぞ」  それだけ言うとニコラスは犯人の取り調べの為に他の軍警達の元へと戻っていった。  事件も一段落という事で、リベック達も一度市庁舎へ戻ろうかと思った時だった。  コツコツと石畳を歩いて近付いて来る人物が居た。  死神だ。  長い黒髪を風になびかせた驚く程の美青年、今日は河向こうの連中と似たようなローブを着込んで、身の丈ほどもある大きな両刃の鎌を持って佇んでいた。コツコツと靴音を鳴らせながらリベック達の方へと向って来る。  一瞬身構えるリベックだが、持っていた鎌は霧散して消えた。それを確認してからか、キアナが、 「死神さん!ひっさしぶりー!」 と思い切り死神に抱き着いた。それに眉一つ動かさず、 「相変わらず挨拶が熱烈ですね、事件解決ご苦労様です。私が出る暇が無かったですが、まぁ、良しとしましょう」 と淡々と答えていく死神。 「ちょ、キアナ先輩、離れた方が良いですって、死神さんが困ってたらどうするんです」 「あ、そっかー。ごめんね死神さん」 「いえ、元気な事は良い事ですから」  そう言って離れたキアナに何か苦情を言う訳でも無く、笑みを浮かべて穏やかに返してくるのだった。 「それで何の用でしょうか?」 「流石観察力がありますね、リベックさん。実は貴方がたにお願いがあるのですよ」 「お願い………ですか?」  神妙な顔つきで話す死神にリベックも真剣な顔つきにになる。 「おーい、回収した魔導書だ、持って行ってくれ」 と軍警から声を掛けられた。それを見て「失礼します」と一言告げてから軍警の元へと駆けて行く。そして犯人が使っていた魔導書を受け取ると 足早に死神の元へと戻って来た。 「あの、僕たちはこれから一度市庁舎へ戻るので、そこでお話を聞くというのはどうでしょうか?」 「ええ、構いませんよ」 「死神さんも来るの?やった!お菓子持ってる?」  キアナが死神のローブをくいっと引っ張っておやつの確認をする。そんな事態ではないと解っているのか?とリベックは思ったが、キアナは何時もこの調子なので仕方ないと諦めるしかなかった。  大きくため息を吐くと、魔導書をがっしりと抱えて三人、後一時間程で夕日に変わるだろう太陽の光を浴びつつ、市庁舎のある第一区画へと向かって歩き出したのだった。  市庁舎の第三十五部署へと戻ってくると、ゾーロは書類の山に埋もれて書類作業をしていたのだった。  ゾーロは十二歳程度の少年の見た目をしているがこれでも成人済みであるとリベックは聞かされている。何か理由があるのだろうと思いリベックは深く考えないようにしている。綺麗な金髪の下には右目に黒い眼帯を付けている。そして大人用であろう大きな白衣をブカブカの状態のまま着込んでいる。それに加えて、黄色いネクタイをしていてアンバランスさが際立っている。  けれども一応部署長であるので、リベックは「ゾーロさん」と呼び敬語で話をしている。 「ゾーロさん、たっだいまー」 「ただいま戻りました。事件の犯人の持っていた魔術書を回収しました。………それと」  リベックは様子を見る様に隣に居る死神に目を向けると、 「お久しぶりです、少々用がありましてご一緒させて貰いました」 と親し気に話す死神に、ゾーロとどういった関係なのか考えてしまうのだった。リベックの考えとは別に、書類の山から顔を覗かせたゾーロは、「なんだディード、どんな要件かは知らんが、無理難題を押し付けるのだけは止めろ」  そう少々呆れた様に言うと、椅子から立ち上がり伸びをすると、リベックから魔術書を受け取り、 「リベック、コーヒーを淹れてくれ」 「私はコーヒーが苦手ですので、他の何かを」 とゾーロからの頼みで休憩をするのだと解ったが、死神、どうやらディードという名前らしい人物はそう付け足してきた。リベックは言われた通りコーヒーを淹れ、コーヒーが苦手なキアナと一緒に死神もといディード用にココアを用意した。  それをソファスペースのローテーブルに置くと、 「コーヒー以外はココアしか無くて、これで大丈夫でしょうか?」 「ココア好きですよ、わざわざありがとうございます」 と礼を言ってくれてリベックの中のディードに対する好感度が上がったのだった。ゾーロとキアナは何も言わずカップに口を付けている。それには慣れているのだ『いつも通りだ』と思うだけだった。 「死神さん、それでお願いって何です?」 とリベックが話し出せば、ディードは口を開き、 「率直に申しましょう、私からの依頼を受けて頂きたい」 そう言い出したのだ。ゾーロは眉間に皺を寄せて、 「内容によるな」 と呟けば、ディードは、 「どうやら私の他に死神の名を語る者が居るようなのです、その人物の特定をお願いしたいのですよ」 「死神の名を語る偽物か……自由に行動されては市民に不安感を与え兼ねないな」 コーヒーを飲みながら渋い顔をするゾーロに、キアナがあっけらかんと、 「死神さん二人いて困るの?」 と言い出したのだった。それにゾーロが、 「困るだろう?神出鬼没な死神が増えたらおちおち外にも出かけられん」 「あー、そっかー、オレ達は死神さんが死神さんだって知ってるからいいけど、知らない人の方が多いもんね」 「そうだ、しかも正体不明の真似事をしている者だとしたら、取り締まらねばなるまい」 「なるほどー」 そう呟いてコーヒーを飲むと、ゾーロは席を立った。 「……少しばかり市長と話して来る。暫くのんびりとしているといい」  そう言って第三十五部署を扉を開いて出て行ってしまった。  それにリベックは少々驚いていると、ディードが懐から紙袋を取り出した。 「キアナさん、クッキー食べます?」 「食べるー!!」 とお手製らしいクッキーを何の疑いも無くあーんと口に入れるキアナ。リベックは何かしらの薬物が入っているのではないかと警戒したが、キアナは平気そうなので何も無かったのかと安堵した。 「リベックさん、貴方、今、私の事を警戒したでしょう?」 「え、その………すみません」 「それが普通の反応です、気にしないで下さい。キアナさんの様に何の疑いも無く食べる方がおかしいのですよ、ですから」  気にするなとウインクするディード。  そんな態度にリベックは初めて会った時から気になっていた事を思い切って話してみた。 「あ、あの!死神さんは、えと、その見た目で男の人から声を掛けられたりしませんか?僕は身長も低いし女顔だしでしょっちゅう声を掛けられて困っているんですよ」 「私もありますよ、結構な数で」 「そうなんですか!撃退方法とか有ったら教えてください!!」  座っていた椅子から飛び上がる様に身を乗り出すリベック。 「簡単ですよ『貴方が私に相応しい男だと思えませんので』と答えるだけで逃げていきますよ」 「それ……自分が気位の高い美人って自分で解ってなきゃ無理じゃないですか……」 「おや?貴方は自分に自信が無いと?」  その言葉にリベックは俯いて少々落ち込み気味に、 「だって、僕って取り柄が無いですから…顔も女顔なだけで特に美形という訳ではありませんし…」 「自信が無いと仰るのですか?あるでしょう?一つくらい?ねえ、キアナさん?」 「そうだよ、リベ君は頭いいじゃないーオレなんか何にも覚えれないだよねー」 実際市庁舎の入社筆記試験ではトップクラスの頭脳を持っている。事件での犯人探しにも軍警詰め所から持ち出し禁止の書類を一字一句覚えたり、人の顔を覚えたりとその記憶力はずば抜けている。 「え?そうですか?それってそういう事に使っていいんですか?」 「使い方はそれぞれですよ、有効に使う手段を考えるのが良いでしょうね」 「そこを具体的に教えてくださいよ!」 「それはご自分でお考え頂くのが良いかと」 「それが解らないから聞いてるんですよ!」 とリベックがディードに詰め寄っていると、先程出て行ったばかりのゾーロが戻って来たのか扉の前で何をしているのかという風に見ているのだった。 「ちょ、ゾーロさん!戻って来たなら戻って来たって言ってくださいよ!」 「……いや、話を見ているだけで少々面白かったのでな」  そして自分の机に座り、部署長の判を押すとソファスペースへやって来て、 「市長に掛け合って、偽死神捜索という捜査命令を受理してきた。これでいいか、ディード」 書類をリベック達に渡すと、ゾーロはまで先程自分が座っていたソファに腰掛けた。 「ええ、捜査には私も随行しましょう。宜しいですか?」 「書類仕事が忙しい、捜査する二人に聞け」 「という事なのですが、宜しいですか?」  二人でのやり取りでこれから何をするのか決まったらしく、ディードはリベックとキアナに尋ねてくるのだった。 「宜しいも何も、それが仕事なら引き受けるだけですよ、ねぇキアナ先輩?」 「うん、オレは死神さんが一緒だと楽しいー」  そう言うリベックとキアナに安堵の表情を浮かべるディード。一応死神と呼ばれるだけあって行動を共にするのに少々不安があったのだろうと、リベックは勝手にそう思うのだった。 「それでは、夜になるまで待ちましょうかね」 「え?今から行くんじゃないんですか?」  ディードからのその言葉にリベックは疑問を浮かべる。 「死神が出るのは何時ですか?」 「………えと、夜……ですね」 「ええ、それも深夜ですよ?ですから待ちましょうね?」  にっこりと笑顔で有無を言わさず相手を従えるその力に『ああ、だからナンパを退けられるんだ』とリベックは思った。 「……あ、だったら今日遅くなるって連絡しなきゃ」  思い出したかの様に立ち上がると、ソファスペースから少し離れ、ポケットに入れた筈の携帯端末を探す。 「恋人ですか?」 「違います!母です!」  リベックが誤解の無い様に大きな声で主張すると、キアナが、 「お母さんと二人暮らしだっけー?」 「はい、なので今日は帰れそうにないと言っておかないと後で怒られるので」 今日は一晩中仕事なのだと思うと憂鬱だが、やらなければいけない事なので仕方がないと自分に言い聞かせて母へと連絡を入れる。携帯端末を取り出して番号を入力し接続音が聞こえたかと思うと、母の陽気な声が聞こえてきた。 『はいはーい、何よリベック、こんな時間に』 「いや、あのね、ちょっと今日仕事で帰るの遅くなるから先に寝てて」 『仕事ばっかしてると老け込んじゃうわよ、まぁ忙しいのは悪い事じゃないけど』 「解ってるって、それじゃ戸締り気を付けてね」 『解ってるってば、お母さん信用無いの?』 「もうーそれじゃ切るよ、じゃあね」 『はいはい、頑張ってね』  そうして通話を切ると、ソファスペースへと戻って来た。 「………仲が良いのですね」 「まぁ、シングルマザーで僕の事育ててくれたので、感謝していますし、ちょっと抜けてる処があるのでしっかりして貰わないと、と思うので」 「親孝行な息子さんでお母様はさぞ喜んでいるでしょうね」 「そんな大袈裟な……」 と言いつつも照れたように頬を赤らめて頭を掻くリベック。そして思い出したかの様にゾーロとディードに質問をぶつける。 「この仕事をやる様になって思ったんですが、魔術にも色々種類がありますよね?一番危ないのって何なんですか?」 というリベックの質問にゾーロは冷めたコーヒーを飲みながら淡々と、 「闇の魔術だな、あれだけは手を出さない方がいい」 「そんなに危ないものなんですか?」 首を傾げながら率直に聞いてくるリベックに、ゾーロは、 「ああ、死に直面する魔術もあるほどにな。だが極めればこれ以上強いものはないな」 「そんなこと出来る人って居るんですか?」 「お前も何度か会っているだろう、ここ居る死神だ」 「ええ!?死神さんってそうだったんですか!?」 驚きの余りその場で立ち上がるリベック。それをクスクスと笑いながらディードはココアのカップを傾ける。 「だからこそ、この街の夜を取り締まる事が出来るというものだ」 「はぁー知りませんでした」 「まぁ、大体の者は『死神はおっかない』という存在だと認識しているだけだがな」  コーヒーを飲み切ってしまうとローテーブルにカップを置き、ゾーロは書類の山でいっぱいの自分の部署長席へと戻っていった。 「さて、夜になるまで何をしましょうかね?」 「はいはーい!カードゲームやりたい!」  ディードの問いにキアナが元気よく答えると、ふふっと笑みを浮かべながら懐からトランプを取り出した。 「リベックさんも如何です?」 「いえ、僕はゾーロさんの書類の手伝いをしようと思うので、すみませんが……」  そう言いながらゾーロの机の上の書類の一部をどっさりと自分の机に置いて、魔術規範と呼ばれる辞書を手に作業を始めるのだった。 「それじゃ二人でやろっかー」 「そうですね、何をしましょうか?」 とキアナとディードはお互い二人で出来るカードゲームで遊び始めたのだった。  そうして陽が沈み、夜闇に包まれるとキアナが夕飯にとテイクアウトでハンバーガーを四人分買って来て、四人一緒にソファスペースで談笑を交えつつ食事を取るのだった。 「こういう物を食べるのは久しぶりですね」 「そういや、死神さんって何食べて生きてるの?草?」 「なんだその質問は」  キアナがそう聞けばゾーロがツッコミを入れる、そのテンポがとても良かったのでリベックはクスクスと笑ってしまう。 その質問にディードは、 「そうですね、簡単な南大陸の家庭料理ですよ、ハーブが多めなのが特徴でしょうか?」 「そうなんですか?今度作り方教えてください」 それにリベックは興味津々といった様子で、 「おや?リベックさんは料理をなさるのですか?」 「ええ、母と二人暮らしですから家事は出来る方がやるって決まってて、料理ももうちょっと上手くなりたいなって思ってるんです」 そう嬉し気に話すリベックに、ディードはニコリと笑みを浮かべながら、 「ではまた日を改めて一緒に料理をしましょうか?勿論怪しい物は使わずに」 笑顔でそんなことを言うディードに対して、本当に信用していいのだろうかとリベックは少し考えるのだった。 「さて、食べ終わった様だし時間も良い頃合いだ」  ゾーロが言い出すと、食事の片付けをし始めた。そしてリベックとキアナは準備を整えるのだった。二人一緒に上着の下の脇に差している小型拳銃の動作を確認すると、元の様に仕舞い、ローブを身に纏ったディードの元へと集まる。 「まずは西の方を回ってみましょうか?噂では中央区画に出没するらしいのですが」 「そうだね、そうしようー」 「はい、解りました」  リベックとキアナはディードの言葉に頷くと、 「それじゃ、行ってきます」 「気を付けてな」 そう部署長の自分の席へ戻ったゾーロに声を掛けてから、第三十五部署の扉を潜った。  日が暮れたとはいえまだ夜は早い、偽死神が出るまでにはまだまだ時間が掛かるだろうと目撃情報の少ない市庁舎から近い西側の区画をのんびりと進むことにした。 「この辺に死神さん出たら西側の人びっくりするだろうねー」 「びっくりどころじゃないですよ、暫く夜は出歩けませんって」  あっけらかんとした物言いで言うキアナに、西側出身のリベックはそう言わざるを得なかった。実際に出たのならば魔術と縁遠い科学技術の発展している西側ではある種の通り魔扱いされてもおかしくないだろう。 「まぁ、この辺りには居ないでしょうしのんびり探しましょう……今日出て来てくれると良いのですがね」  そう話すディードと共に西側周辺を当ても無く歩き回る。  途中体力の無いリベックの為に休憩をはさみながら歩き続けると、中央区画へと出た。時間的にもこれから就寝する者がいる程度の時間になり、偽死神が出て来てくれることを願いつつ、また歩き始めた。 「そうだ、一応出しておきましょうか?」 と口にしたディードは魔術式を展開し紫の魔方陣で光を発生させながら、身の丈ほどもある両刃の鎌を出現させた。 「それが、闇の魔術ですか?」 「いえ、これは大抵の魔術者なら使える、ごく一般的なものですよ。これから先使うのが闇の魔術です」  そう言うと鎌を引き摺りガラガラと音を立てながら石畳の道を歩き始めたディード。 「あの………目立ちません?」 「ワザと目立つためにやっているのですよ」 「そー、死神さんが来たぞーって知らせる為の合図だよ」 「私の真似事をする等良い度胸ですね、と相手を威嚇する目的もありますが」 「そう……なんですか」  リベックは少々おっかないと思いながら、ガラガラと大鎌を引き摺りながら中央区画を進む三人。目に付く所には人っ子一人居ない。これが死神の噂の影響かとリベックは身を以て感じたのだった。  暫く中央区画付近へと進むと、空気が変わった。ピリピリとした張り詰めた空気が漂っていた。  その証拠に一般人も何かを感じ取ったのか、何時もは賑やかな歓楽街にやって来たのに、人は疎らだった。  そして大鎌を引き摺りながら進めば、さらに空気は違和感をます。  キアナがスンスンと匂いを嗅ぐと、 「なんか魔術の匂いがする……何処からかな?」 「んー…そうですね、あちらでしょうか?」 そう二人が同じ方向へ進むのをリベックは追いかける。すると紫の靄が薄っすらと見え出した。キアナが匂いで魔術を感知出来るように、キアナは紫の靄として魔術を見て捉える事が出来るのだ。  進めば進むほど紫の靄は濃くなり、空気も薄ら寒さを感じ始めた。  その時だった。  路地の一角から少年が飛び出して来た。リベックよりも若い、十五歳程度の黒髪の少年だ。その手にはディードとは違う形の大鎌を持ち、ディードめがけて振りかぶった。 「死神さん!!」  キアナが叫ぶが、ディードは自分の大鎌でそれを受け止めていた。 「お前が死神か!」 「ええ、そうですが……貴方は?」 「お前の代わりに死神になる奴だよ!」  少年は一度ディードと距離を取ると、くるくると持っていた鎌を振り回した。 「その鎌は……闇の魔術で構成されていますね」 「ああ、闇魔術使えるのはお前だけじゃないって事だよ」  ディードは大鎌の刃を地面側に向けて置くと、深くため息を吐いて一瞬で姿を消した。  そして現れた先は少年のすぐ上、少年と一緒に石畳ごと刃を突き立ててドゴンッと音を立てて石畳を破壊した。少年は寸での処で避けたのか無傷だった。それに舌打ちをするディード  またディードが消えたかと思うと、次は少年の足元に刃を立てて大鎌を振るうが、少年の鎌がガチンッと音を立てて受け止めた。ギリギリと刃を合わせていくと少年の鎌がボロボロと崩れ始めた。 「おや?この鎌は魔術が未完成なのではないですか?」 「だから!それがどうしたって!!」  ガキンと音を立てて少年が距離を取ると、 「お前、俺と替われよ、こんな退屈な毎日とおさらばして、俺があのクソみたいな奴らぶっ殺してやるからよぉ」 「何があったかは知りませんが、人に頼み事をする時はもっと言葉を選ばなければ」 ディードは鎌の刃の側を下に向けて左手で持ち直すと、腕を組みながら呆れたようにそう呟くのだった。 「五月蝿い!!俺は俺のやりたいようにやるんだ!誰にも邪魔させねえ!!」  少年は魔術を展開させて闇色の刃を複数発射させる。ディードはそれを全て大鎌で叩き落す。 「その鎌もそうですが、それなりに闇の魔術を研究しているようですが、私には及びませんね。私は極めた者ですから」 「うるせえよ!お前をさっさと叩き潰して俺が死神になってやるんだ!!」  少年が大鎌を振るってディードに振りかぶると、それを難なく受け止めるディード。何度か打ち合いをした後、次こそは大鎌でディードの首を刈り取ろうとして近づく少年に、ディードは大鎌を右手に持ち変えると、遠心力を使って勢いよく相手大鎌の腹の部分でぶっ叩いた。  勢いよく吹っ飛び壁が陥没する程の威力をみせるその一撃に、リベックは驚いていた。先程までは手加減をしていたのかと。 「この程度で?笑わせてくれますねぇ…死神が何故存在するのか、私が何故死神と呼ばれるようになったのか、いえ、ならざるを得なかったのか知りもしないで勝手に言って……正直迷惑なんですよ。この世界は退屈だ?だったら私が退屈しない処へ連れていってあげますよ」  少年の頭を掴み壁から引き摺り出すと、石畳の道に放った。少年はぐぬぬという表情を見せる。どうやらダメージが大きかったらしく大鎌はその手には無かった。  ディードはそう言うと魔術を展開させて一冊の本を出現させた。  鍵が掛かっているそれを開錠して本を開くと、少年にページを開いて見せ何事かブツブツと呪文呟き出した。本を中心に紫の光と共に魔術が展開され少年の体が徐々に本へと引き寄せられていく。ブツブツと唱えていた呪文が完成すると、少年は本の中へ吸い込まれていった。  本を閉じ鍵を掛けると、そこからこの世の地獄を見るような少年の悲鳴が聞こえてきた。 「この中で一ヵ月生き延びる事が出来たなら、私の見習いとして手伝いをさせてあげましょう」  それを見ていたリベックとキアナは、ゾーロから『死神はえげつない』と何度も聞かされていたが、まさかここまでとは……と思っていた。生きた人間をそのまま魔術書に閉じ込める等とは思いもよらなかった。 「あ、あの……僕たち居る意味ありました?」 「ああ、私がちゃんと仕事をしている処を見ていて貰わなければいけないと思いまして」 「か、監視役……ですか?」 「そうですよ」  そう言ってにっこりと微笑むディードに、嫌な汗が流れるリベック。キアナはあっけらかんと、 「そうだったんだー流石死神さん」 と納得している様子だった。 「という訳で、報告書お願いしますね。私がちゃんと働いているって証拠を残してください」 「最初から…それが目的だったんですね……」  リベックが呆れたように呟くと、にっこりと微笑むディードはコクリと頷くのだった。  その後は、嬉し気に本を手にしたディードと共に市庁舎へと戻ったリベックとキアナ。  第三十五部署に帰り着けば、ディードの姿を見たゾーロは呆れた様に嘆息した。まるで最初からこうなる事を予想していたかのように。疲れた顔をしたリベックとそれを心配そうに見つめるキアナも一緒に第三十五部署の扉を潜ると、ゾーロから、 「………お疲れ」 「あ、お疲れ様です」 「ゾーロさんお疲れー」 「それで、どうなった」  リベックはディードを横目で見ながら、 「その…見て解る通りです…」 「………だろうな。報告書を出して貰わねばならないが、明日で良い」 「…助かります、今日はもう帰りますね」 「ああ、気を付けてな」  そうゾーロやキアナ、ディードに挨拶をするとリベックは荷物を纏めるとさっさと第三十五部署の扉を出て家路についたのだった。  夜更けに団地の5階の自宅へ着くと、鍵を開いて家の中へと入る。どうやら母はもう寝てしまっている様だった。  リベックはシャワーを浴びて自室のベッドに寝転ぶと、とても疲れていたのかすぐに寝入ってしまった。  翌日、第三十五部署でリベックは昨日起こった事の報告書を書いていた。  ディードの異常さを文章では書ききれず、どうしたものかと思い、キアナに助言を求めると抽象的な説明を聞かされた。けれどもそれを文章化するのはリベックの仕事であり、得意分野であるのでそれをそのまま報告書として纏めた。  それをゾーロに提出すると、 「面倒事を押し付けて済まんな」 とゾーロから労いの言葉を掛けられた。  それにリベックはこう答えるのだった。 「これも仕事ですからね」  そう答えるとリベックは自分の机へと戻っていった。
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