濡れない恋人

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渋谷の公園通りにあるガラス張りの喫茶店に、英二は走り込んだ。 「今日に限って、天気予報が当たるんだもんな。」そう言って、ジャケットに着いた水滴を振り払うように手で叩いたが、既にぐっしょりと濡れている。 「まあ、いいか。待ち合わせには、まだ1時間ぐらいある。」 カフェラテを注文して、ガラスに面した通りが見えるカウンターに座る。 英二は、彼女との待ち合わせに、渋谷に出て来ていたのだ。 それにしても、と英二は思った。 それにしても、傘を差すのが下手だなあと。 今朝も、天気予報で急な雨に注意だと、テレビで、ピンクのワンピースの似合う天気予報士が伝えていた。 深入りローストのコーヒーにクリープをたっぷり入れて、「今日も、外れるな。」なんて、独り言を言いながら、それでも降水確率が70パーセントだったので、まあ、一応、傘を持って出たのだ。 でも、さっき降り出した雨に、傘を差したものの、こんなに、ずぶ濡れだ。 子どものころから、傘が苦手だった。 風もなく、上から垂直に降ってくる雨にだって、何故か背中がびっしょりと濡れる。 だから、傘を肩に乗せて、後ろに持っていくと、今度は、前のGパンの膝辺りが、ぐっしょりと濡れる。 これが、風でも吹こうものなら、傘を、風の方向に向けて、上げたり下げたり、四苦八苦しなきゃいけない。 確か、中学生の時だったか、女の子と映画を見に行くことになって待ち合わせをしたんだけれど、雨が降ってた。 もちろん、傘を差して出かけたんだけれど、その当時から傘が苦手だったんだね。 駅前の映画館で、女の子に会った時は、全身が、ずぶ濡れだった。 その時、女の子が言った「あなた、傘差して来たんだよね。」って言葉の、中学生とは思えない低い声が、その後、数か月、英二の頭から消えなかった。 兎に角、女の子は、声が高くなくちゃいけない。 それが、可愛いという女の子に付く形容詞の条件である。 その後、女の子と映画を見たんだけれど、ずぶ濡れになったシャツが、映画館の空調ですっかり冷えてしまって、気分が悪くなり、英二だけ映画も途中で帰ったことは、これは今でも、女の子に悪かったなと思うのである。 そんな事を思い出して、カフェラテを、少し流し込む。 「やっぱり、砂糖は3本入れれば良かったな。」 最近のコーヒーのチェーン店に置かれている砂糖のスティックは、細くてイケナイ。 あれじゃ、2本入れても甘さを感じないじゃないか。 コーヒーは、甘いに限る。 雨は、まだ降り続いている。 果たして、止むのだろうか。 そう思っていると、カウンターの右隣に座っている60歳ぐらいの作業服の男性が英二を見て言った。 「半端なく、濡れてますな。」 「ええ、傘を差すのが苦手なんですよ。」そう挨拶的に答える。 「じゃ、間違いなく100パーセント人間だ。」そう言って笑った。 見ると、作業服の男性は、ノートを前に置いて、何やらメモをしている。 どうも、正ちゃんマークを付けて、何かをカウントしているようなのだ。 そして、通りを見て呟く。 「増殖しているな。」 男性が見ている方向を見たら、こんな雨なのに、傘を差さずに歩いている女の子がいた。 20歳ぐらいの可愛い子で、ギターのケースを肩に掛けて、ゆっくりと歩いていた。 しかし、不思議である。 女の子は、傘を持っているのだ。 でも、傘は差していない。 ギターケースが邪魔で、傘を差せないでいるのだろうか。 英二は、作業服の男性を見た。 すると、「君、あれをみて気が付かないか。増殖しているんや。」と言う。 「はあ、あの可愛い女の子ですよね。抱えてるのはギターのケースでしょうか。クラシックなのかな、いや、フォークかロックか。どうなんでしょうね。ヤマハの音楽教室とかに通ってるのかもしれませんね。」 「いや、そこと違う。演歌でも浪曲でも、ギター漫談でも、そんなことは、どうでもいい。」 「いや、あの女の子が、ギター漫談は、ないでしょう。いや、案外とイケルかもですね。」 作業服は、ちょっとイライラしながら、続けた。 「いや、だから、そこじゃない。これで見てみろ。」 そう言って、双眼鏡を英二に手渡した。 「いや、こんなので女の子を見たら、セクハラか痴漢行為じゃないですか。」そう言って、作業服に返す。 「ほらもう、向こうへ行ってしまったじゃないか。あっ、あっちにもいる。あれを双眼鏡で見てみろ。」そう言った指先を見たら、またもや傘を差していない野球帽の男の子が歩いている。 まあ、男の子なら、セクハラにはならないだろう。 英二が、男の子を双眼鏡で覗いてみた。 「、、、、濡れてない。こんなに雨が降っているのに、濡れてないですよ。」 英二は、興奮気味に、作業服に言った。 すると、どうだと言うような、勝ち誇ったような表情で、笑った。 「増殖しているんだ。」 「どうして、雨が降っているのに、濡れないんですか。」そう英二は、目を丸くしたまま聞く。 「あれは、人間やない。宇宙人や。いや、正確に言うと、宇宙人とのハーフやな。」 「先生、どうして、それが分るんですか。」 さっきから、作業服の呼び名が、先生に変わっていた。 「だから、雨なのに濡れていないだろう。宇宙人は、濡れないんだよ。」 「そんなの初めて聞きましたよ。というか、宇宙人っているですか。そもそも。」 「当たり前じゃないか。もう、随分と昔から、宇宙人は、この地球にいるよ。」 英二は、先生の話に興味津々である。 英二は、子供のころから、不思議なことに関心があって、今もそれは、変わっていない。 「しかし、どうみたって、あの女の子も、男の子も、人間ですよ。普通の人間にしか見えないですよ。」 「君はまだ、疑っているのかね。だから、濡れてないんだよ。どうして、濡れていないか、君は解らないかね。まあ、仕方のないことかもしれないがね。」 「はあ。解らないです。どうして濡れないか。」 「宇宙人はね、今そこにいるように見えて、半分、そこには居ないんだよ。半分、別の次元に存在しているんだ。UFOもそうだ。宇宙人は、あのUFOとかいう円盤に乗ってやって来ているから、空を飛んできていると思っているんだろう。でも、違うんだ。あれは、飛んできているんじゃない。別の空間から、ひょっこり現れるんだ。でなきゃ、説明がつかないんだ。」 「はあ。ひょっこりだったら、説明がつくんですか。」 「ああ、つく。大いにつく。ツクツクボーシだ。まあ、それはいいか。ジョークを言おうとしたが、続かんかった。まあ、それはいい。置いといてだ。一体、宇宙人は、どこから来ていると思う。いや、話が長くなるから、答えんでいい。あれは、何万光年も離れた星から来ているんだろう。そんな、光の速さでも何万年かかる距離を飛んでくるなんて、不可能やと思わないかね。だからの、別の次元や。宇宙人がいる次元は、時間がないんだ。時間が無いということは、空間もない。詰まりは、ここが、あっちで、あっちが、こっちで、それが、おんなじ時間に存在するんや。あー、もう、説明しにくいな。」 「よくは解りませんが、次元が違うんですね。」 「そうだ。だから、どんな空間にでも、ひょっこりと移動することができるんや。たとえ何万光年離れていても、瞬間に移動して、この地球に、ひょっこり出来るんや。」 「まあ、納得いくような、いかないような。でも、どう見たって、人間にしか見えないんだけれどなあ。」 「まだ、言ってるのか。君は、真実を目の前にしても、その真実から目をそらすタイプのようだな。だから、濡れいないという真実を、よく見るんだ。」 「そういえば。濡れてないです。それは、間違いがないです。」 「そうだろう。彼らの場合、ハーフだから、こっちの次元でも、宇宙人の次元でも、存在することができるんだ。だから、こっちの人間世界にいる時は、人間の格好で生活をしている。それが、出来るから、人間の世界に入り込んでも、不思議に見えないんだ。」 「じゃ、あの人たちには、今見えている人間の顔の他に、別の宇宙人としての顔もあるということなんですか。」 「ようやく解ってきたようだね。そうだ。人間に見える彼らにも、半分あっちの宇宙人の顔がある。ただ、宇宙人と言っても、いろいろ種類があるからね。有名なのはグレイや。ほら、頭がツルツルで、目の大きいやつ、いるやろ。小坊主みたいなやつだ。だいたい、宇宙人って言ったら、思い出すのが、グレイやな。」 グレイは、英二も知っている。 「しかしね。宇宙人は、もっと沢山いるんだな。中には、プレアデス星人という、えらい美人の宇宙人もいるんだ。あれは、ええな。付き合うんやったら、プレアデス星人やな。」 急に、先生の顔が、スケベ親父に変わった。 「それでだな。他にも、有名なのはレプティリアンやな。爬虫類型と言われてる。あれは、嫌やな。爬虫類やで、見た目が。ぞっとするな。一説によると、もう人間になりすまして、世界を牛耳っているっていう噂もあるんや。怖いな。」 「でも、実際に、雨に濡れていない人を、初めて見ましたよ。あれは、本当にビックリですよね。」 「ああ、僕も、初めての時は、ビックリしたよ。でも、本当の宇宙人は、なかなか見ないんだよ。隠れてる。でも、ハーフは、生まれた時から、人間社会で育ってるからね。自分でも人間だと錯覚しているんだ。ある意味、可哀想だよね。」 「ズズー。」先生は、氷しか残っていないグラスから、ストローで水を啜った。 そして、「この水が美味いんやな。」と、満足そうに言う。 そして続けた。 「そうや。ハーフだけやない。クオーターもいるぞ。いや、そっちの方が多いんだ。そうなると、自分でも更に分からなくなる。いや、それよりも、もっと、何世代も、昔に宇宙人と関係を持ったカップルから生まれた、ハーフちゃうし、クオーターでもない、もっと薄い遺伝の人もおるな。そうなったら、もうほとんど人間やけどな。」 「そんな昔から、いるんですか。」 「ああ、いる。古史古伝にも、それを示すものが書かれているんだ。たぶん、縄文時代とかに関係をもったカップルの子孫が、もうかなりの人数、普通の人間として生活してるな。」 そんなことが、本当にあるのだろうか。 まあ、先生の言うように、相手が、プレアデス星人なら、そんな美人なら、可能性はあるだろう。しかし、グレイは、どうだ。明らかに、人間と見た目が違う。そんな宇宙人と関係を持つことができるのだろうか。 これが、レプティリアンになったら、もう不可能だろう。 爬虫類なんだから。 「しかし、先生。ハーフが誕生するには、宇宙人と関係を持たなきゃいけない訳で、そんなことが、ありえるでしょうか。もう、レプティリアンなんか、誰でも、見た目で拒絶するでしょう。」 「宇宙人は、変身できるんや。少しの時間、人間の様に、見せることが出来るんや。」 「人間に変身って。そこまでして、宇宙人は、人間と関係を持ちたいんですか。」 「そうらしいな。何と言っても、人間は、柔肌や。爬虫類にしたら、もう最高なんやろうな。」 「でも、一緒にいたら、いつか爬虫類って分かる時がくるんじゃないですか。」 「ああ、来るな。」 「じゃ、その時に、関係は終わってしまうでしょう。」 「そう。人間としては、終わらせてしまいたいわな。でも、それが無理なんや。」 「何で、無理なんですか。」 「関係を持つ前に、約束させられてしまうんや。」 「約束ですか。」 「そうや、約束や。人間の約束ちゅうたら、約束した瞬間、いつか破られることが確定してしまっている言葉やけどな。宇宙人の約束は、死を意味するんや。破ったものが、殺される。怖いな、約束って。君も気を付けや。たとえ、プレアデス星人でも、約束したらアカンで。」 「はあ。それは、怖いですね。」 英二は、すっかり先生との会話にハマってしまって、気が付くと、彼女との待ち合わせ時間だ。 「先生、すいませんが、約束の時間なんで、僕は、先に出ます。いろいろ、ありがとうございました。」 「いや、また宇宙人に関して聞きたかったら、雨の日に、この店に来るといい。」 そう言って手を振った。 さて、英二は、彼女との約束より早く、公園通りに面したホテルのバーに行った。 彼女も、定刻にバーのドアを開けて入ってくる。 「あ、ゴメンナサイ。待たせちゃった。」 「いや、そんなことないよ。」 彼女とは、3年前に会社の同僚の飲み会で、映画の趣味が同じで意気投合してから、付き合い始めたんだ。 色白で、たまに出る大阪弁が可愛いなと思った。 そろそろ、英二も、梨花との結婚を意識しだしている。 3年も付き合ったんだしね。 梨花は、英二と同じベルギービールを注文した。 その時だ、英二は、梨花を見て、固まった。 外は、英二がバーに来た時は、まだ雨が降っていた。 でも、今、入って来た梨花は、雨に濡れていないのだ。 しかも、傘を持っていないじゃないか。 今までなら、気が付かなかったかもしれない。 でも、さっきの先生の話を聞いてからは、梨花が濡れていないことが不思議でしかたがない。 いや、でも、梨花は、どう見たって、人間だ。 3年付き合ってきて、それを疑問に感じたことは1度もない。 梨花は、昨日テレビでやっていた映画の話を、英二に話し続ける。 でも、英二の頭には、梨花の言葉は、聞こえていなかった。 「あのさ、外、雨降ってなかった。」と堪らず梨花に聞いた。 その瞬間、梨花の目の白目が、真っ黒になった。 これは、宇宙人の特徴だと、雑誌ムーで読んだことがある。 でも、一瞬だったから、見間違えたのかもしれない。 「どうして、そんなことを聞くの。雨降ってるよ。」 「いや、梨花、濡れてないし。」 「あれ、ホントだ。あたし、忍者なのかな。こうやって、雨の粒を、シュッ、シュッってさ、避けて歩いてきたの。」とアッケラカンに笑ってみせた。 「こう、シュッ、シュッって。あははは。」と英二も、付き合って答えたけれども、その言葉が、余計に、疑いに変わる。 しかし、どう考えたって、付き合ってる彼女に、「あなた、宇宙人とのハーフですか。」なんて聞けないだろう。 すると、梨花は、英二の表情から、自分が疑われてるのを察したのか、自分から切り出した。 「あのさあ。あたしの事、疑ってるよね、きっと。うん。解るんだ。あたしも、いつかは打ち明けようと思ってたんだもん。そう、あたしね、ハーフなの。」 もう、英二は、目の前がクラクラと回転していた。 まさか、このハーフって言葉は、あの宇宙人とのハーフって事なんだよね。 アメリカ人とのハーフとか、そんなんじゃないよね。 でも、そこが知りたいのだ。 「あの、ハーフって、やっぱり、宇宙人とかとの。」と少し冗談ぽく聞いた。 「うん。」梨花は、英二を見ずに、頷いた。 信じられない。 今まで、普通の女の子と思って付き合ってきたのだ。 それが、まさか宇宙人とのハーフだったとは。 「ビックリした。」梨花が、そっと聞いた。 「まあね。でも、梨花は梨花だし。」そう言うしかない。 しかし、宇宙人でも、いろいろある。 そこが問題だ。 プレアデス星人なら、このまま付き合ってもいい。 先生の言う、美人だからだ。 人間と思って付き合える。 しかし、グレイなら、いくら僕だって、考えてしまうと英二は思っていた。 それを聞いてみても良いものだろうか。 でも、それを聞くことが、梨花に、僕が梨花との将来を、真剣に考えていることを示すことにもなるだろう。 「あのさ、宇宙人って言っても、いろいろあるそうじゃない。」 「うん。すごく、言いにくいんだけれど、あ、そうだ。あたしのもう1つの顔を見てみる。ほんの一瞬だけど、変化させてみるね。」と言って、バーの他の人には、見えないように下を向いたと思ったら、2秒ぐらい、もう1人の梨花に変化した。 次の瞬間、英二は気を失って、椅子から後ろ向きに落っこちてしまっていた。 「ねえ、英二さん、大丈夫。」梨花の声が聞こえた。 「ああ、ごめん。やっぱり、ちょっとビックリしたから。」 そういって、椅子に座り直したが、もう頭の中が、真っ白だ。 まさか。レプティリアンだったとは。 梨花が、一瞬見せた顔は、トカゲそのものだったのだ。 梨花は、カウンターで、ハンカチで顔を覆って、「どうして、あたしなんか、生まれて来たんやろ。」と、声にならない声で、つぶやいた。 英二は、それを見て、たまらなく可哀想になって、そっと梨花の肩に手を置いた。 「大丈夫か。」 それを聞いて、梨花は、そっと英二を見た。 「あたしのこと、嫌いになったでしょ。よりによって、レプティリアンなんだもん。爬虫類なんだもん。」 英二は、それに答えることが出来ずに、カウンターの前で黙るしかなかった。 「あたしたち、これで別れちゃうの。」梨花の涙が止まらない。 英二は、答えられない。 今、目の前にいるのは、梨花そのものだ。 可愛いと思うし、愛しいとも思う。 ただ、さっきの、トカゲの顔を見ると、もう付き合えないと思う。 心底、怖くて仕方がない。 「ねえ、さよならなの。」と、また聞いた。 「、、、、。」 「ねえ、思い出して。ほら、あなたと付き合ってきた3年間、あたし、ずっと人間だったでしょ。あたし、あなたの彼女だったでしょ。一緒に、映画も行ったもんね。楽しかったもんね。この3年間は、真実なんだもんね。そうだよね。」 梨花の言うとおりだ。 この3年間は、本当に楽しかった。 しかし、爬虫類とは、もう結婚も出来ないし、付き合うことも無理だ。 「ねえ。あたし、ここにいるよ。あたし、梨花だよ。」梨花は、必死に自分の胸を叩いて、そう訴える。 その梨花の気持ちを考えると、どうしようもなく可哀想だ。 これで良いのか。 この梨花の気持ちを考えずに、梨花を、いわゆる、捨ててしまっていいのか。 それで、人間として、正常だと言えるのか。 よっぽど、宇宙人より、非人間的じゃないか。 もし、この後、死ぬまで爬虫類としての顔を見せることが無いのだったら、それは今までと同じ梨花じゃないか。 少し冷静になると、そんなことを考えてしまうぐらい、目の前の梨花は、今までの梨花と違いが無い。 「うん、分かった。ちょっとビックリしたけど、梨花は梨花だ。今までと同じ梨花だもんね。」 今まで付き合ってた彼女だもの、そんな言葉を、英二は言ってしまった。 「じゃ、これからも別れないって、約束してくれる。」梨花が、もぞもぞとして聞いた。 背筋が冷たくなった。 約束は、イケナイ。 もし破ったら、殺されるのだ。 しかも、爬虫類なら、寝ている間に、食われてしまうだろう。 「いや、約束なんて、必要ないよ。僕たちの愛には、約束は必要ないよ。」 危ないところだった。 「それじゃさ、今度、あたしのパパとママに会ってくれる。」 パパとママ。 どっちかが、宇宙人と言う事か。 しかも、爬虫類だ。 震えが止まらない。 「そのうちにね。」 「やっぱりね。やっぱり、あたしのこと、ちょっと嫌いになったんだよね。」 余りにも可愛そうなので、「違うよ。きっと会うよ。」と断言してしまう。 仕方がない。 これも運命だと思うしかないんだ。 そう決心したことが、英二自身、不思議な感覚だった。 もう、どうでもいいという感覚。 「じゃ、明日も早いから、今日は、帰ろう。明日、仕事が終わったら、楽しみにしていた映画見に行こうか。」兎に角、帰りたかった。 「うん。今日は、いろいろビックリさせて、ゴメンナサイ。疲れたでしょ。また、明日ね。」 必死だけれど、何かが吹っ切れたようで、少し晴れやかに見えた。 英二と梨花は、バーを出た。 雨は、まだ降っている。 英二は、傘を梨花に、半分差し出した。 すると、梨花は言った。 「あたしは、いいの。英二さんが、差して。だって、あたし濡れないもの。」 そう言って、少しだけ笑った。 梨花も、僕との将来を、半分諦めたのかなと思ったら、たまらなくなって、梨花の手を握り締めた。 少しだけ、冷たい爬虫類の皮膚の感触がした。
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