最期の贈り物

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恋人と出逢ったのは4カ月前。 年明けの人事異動で、女の直属上司となった。 歳は一つ下。 着任の挨拶をする彼を見て、黒縁メガネの奥のつぶらな瞳が仔犬のようだと思った。 初めてまともに言葉を交わしたのは、歓迎会の席。 特に仲の良い同僚もいない女は、ただ黙々とテーブルの上に並べられた料理を口に運ぶ。 瓶ビールを片手に隣へやってきた彼は、烏龍茶の入ったコップを見ると 「あれ、呑んでないの?」 と親し気に話し掛けてきた。 「…お酒は苦手なので」 素っ気なく答えると、いきなり耳元に唇を寄せ小声で囁いた。 「実は…僕もなんだ」 驚いて顔を上げると、いたずらっ子のような表情を浮かべ 「どっちかって言うと甘党。  スイーツ男子―― いや、スイーツおやじか」 そう言ってカラカラと笑う。 「あ、あの… 『Fleur』って洋菓子店、ご存じですか?」 唐突な女の問いに訝るでもなく、即座に答えてくれた。 「え――確か最近、宇治抹茶のシュークリームで話題になった?」 「そうです!」 小さな”街の洋菓子店”だが、グルメ雑誌に取り上げられてから一気に人気に火が付き、今では連日大行列が出来ている。 「行ってみたいとは思ってるんだけどね…まだなんだよ。  あ、もしかして行ったの?」 「はい。家が近所なので」 「そっか。羨ましいな。じゃあ、『MOON SHINE』は?」 「町屋シェフのお店ですよね。勿論行きました」 同僚たちは、楽し気にスイーツ談義に花を咲かせるふたりを遠巻きに見守った。 入社2年目の女子社員が、女が笑っているところを初めて見たと、目を丸くしていた。
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