最期の贈り物

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その日から女の唯一の趣味であり、息抜きでもある週末のスィーツショップ巡りは、これまで以上の楽しさを与えてくれた。 自分のスィーツの他に、必ず彼用の土産も買い求めるようなったのだ。 彼の喜ぶ顔を思い浮かべるだけで、自然と口元がほころぶ。 それから2週間の後、女は彼から食事に誘われた。 いつも美味しいスィーツをもらっているお礼だと。 一度は恐縮し、丁重に断りを入れたが、結局彼の強引さに負け承諾の意を示した。 顔には出さなかったが、内心は飛び上がるほど嬉しかった。 女はその日に備え、久しぶりに新しいワンピースを購入した。 彼が案内してくれたのは、こじんまりとした居酒屋だった。 洒落たレストランなどを想像していた故に、お世辞にもキレイとは言い難い外観を見て失望した事を思い出す。 店に入ると威勢の良い大将の声がふたりを迎えてくれた。 一番奥まった席に向かい合わせで座ると、早速彼は手書きのメニューを広げ 「遠慮しないで、好きなもん頼んでね」 少し声を潜め 「ここ、店は汚いけど味は絶品だからさ」 悪戯っぽく笑う。 「えっと、僕のおススメはね――――」 テーブルの上に並んだ、彼お勧めの品々。 焼き鳥の盛り合わせ、皮付きのポテトフライ、鰹の三和土、揚げ出し豆腐。 そして女が頼んだ、鶏の唐揚げに、チーズ春巻き。 早速、小皿に取り分けた揚げ出し豆腐に箸をつけた。 カリカリに揚げられた豆腐を噛むと、中からじわっとだし汁がしみ出し口内いっぱいに広がる。 「美味しい!」 思わず声を上げると、彼はまるで自分の手料理を褒められたように、嬉しそうな顔をした。 「でしょ?僕も初めて食べた時はあまりの旨さに、涙目になるくらい感動したよ。  じゃあ、これも食べてみて――――」 『味は絶品』その言葉に嘘はなかった。 何を食べても美味しい。女は夢中になって片っ端から料理を平らげていく。 女をじっと見つめる彼の目はとても優しく細められていた。 「あの…」 箸をおき、僅かに頬を染める女に向かって彼は言った。 「すごく…可愛いよ」 ―――――その夜、上司は『恋人』へと変わった。
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