最期の贈り物

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昼休みの談話室。 男性社員たちが集まり、目前に迫った連休の予定話で盛り上がっていた。 傍を通りかかった女は聞いてしまったのだ。 「連休は、カミさんと娘を連れて遊園地だよ。  ほら、新しいアトラクションがオープンしただろ?  娘が行きたい、行きたいってってうるさくってさ」 「家族で遊園地ですかぁ。ま、たまには家族サービスした方がいいっスよ」 彼の言葉に独身社員がしたり顔で応えた。 …そう言えば先週本屋で待ち合わせをした時、彼は郊外にある遊園地の ガイドブックを立ち読みしていた。 見てみたい。 元CAだという彼の妻と、有名な私立の幼稚園に通う一人娘を。 連休の初日、女の足は郊外へと向かっていた。 休日の遊園地は家族連れやカップルで大賑わいだった。 人の群れに押し流されるように、園内へと進む。 メリーゴーランドにジェットコースター、グロテスクな外観のお化け屋敷。 あちらこちらから笑い声や悲鳴が聞こえてくる。 中央の広場にはピンク色の猫の着ぐるみが、おどけたポーズで写真撮影に 応じていた。 女は巨躯を揺らし、汗をふきふき必死に彼の姿を探す。 「パパ、今度はゴーカートに乗りたい」 「おぃおぃ、少し休ませてくれよ」 いきなり耳に飛び込んできた彼の声。 慌てて植え込みの陰に隠れ、そっと様子を窺った。 ポロシャツにジーンズというラフな装いの彼の腕を引っ張る娘は目ばかりがぎょろぎょろと大きく、少しも可愛げがない。 チェックのプリーツスカートから覗く2本の脚はまるで枯れ枝だ。 困り切った顔をする彼の傍らで笑う妻も、女性らしい丸みというものを 全てそぎ落としてしまったような、貧弱な体型をしていた。 口角の上がった薄い唇は冷淡そうで、細面の顔立ちと相俟って神経質そうな 印象を与える。 視線を感じたのか、不意に妻が訝し気な顔をして辺りを見渡した。 「どうかした?」 彼の問いに、眉間に皺を刻み首を横に振っていたが… あの時姿を見られていたに違いない。 その日を境に、彼からの連絡は途絶えてしまったのだから。 今日は、女の40回目の誕生日。 悩んだ挙句、初めて彼の携帯電話へメールを送った。 今夜どうしても会いたい。会って、話がしたい。 だから、ふたりで初めて食事をした居酒屋で待っている、と――――― もし来てもらえないのなら、貴方との関係は終わりにします。 そう締めくくった。
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