最期の贈り物

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乗車していた電車が車両故障の影響で大幅に遅れたため、女が目的の駅に降り立った頃には、とうに約束の時間を過ぎていた。 指定した居酒屋は駅前の大通りを渡り、商店街を抜けた先にある。 急がなきゃ。 女は焦っていた。 彼が来てくれる保証はないが――――― 来て欲しい… 国道を横切る横断歩道に差し掛かった時、青信号が点滅を始めた。 一瞬の躊躇いの後、車道へと駆け出す。 けたたましいクラクション。 耳をつんざく急ブレーキの音。 間近に迫る大型トラック。 打ち付けられるような、激しい衝撃。 聞こえてくる悲鳴と、怒号。 遠退く意識―――――そして暗転――… 「あのトラックと…」 稲妻に貫かれたような激痛が走り、女は呻き声を漏らすとその場に(くずお)れた。 「―やっと思い出したみたいですね」 涼やかな声に顔を上げる。 「私…死んじゃったの?」 女の問いに、少年は曖昧な微笑みを浮かべ、ほっそりとした腕を差し伸べた。 繊細な指先が触れた瞬間、あまりの冷たさに全身に鳥肌が立った。 それと同時に、ずっと感じていた痛みや吐き気が嘘のように消えていく。 代わりに忍び込んでくる、死の恐怖。 女は立ち上がると少年の両肩を掴み、大きく揺さぶりながら 「嘘でしょ!ねぇ、私行かなきゃならないのよ。  お願い、助けて。死ぬなんて嫌!」 あらん限りの声で叫ぶ。 嫌だ!嫌だ!嫌だ!死ぬなんて―――――絶対に嫌だ! 彼に会いたい!会って確かめたい!行かなきゃ!行かなきゃ―――… 少年は静かな目で女を見上げた。 漆黒の瞳は、見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。 深く濃い闇のよう… 唐突に少年の頭上にバスケットボール大の、光の球体が現われた。 刺すような眩さに、反射的に身体を離し目を細める。 球体から発せられる光は徐々に弱まり、滑らかな曲面に黒い染みが広がった。 それは次第に像を結んでゆく。 女は息を呑んだ。
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