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彼だ―――――
斜め前からのアングルで映し出された恋人の姿。
その背景には、煌びやかな宝石が並べられたショーケースが見える。
場所はジュエリーショップのようだ。
彼はちらりと腕時計に目を遣ると、眉間に皺を寄せた。
『まずいな…出遅れた』
直接頭の中に響く声。
『大切な記念日に、遅刻するなんて…』
落ち着きなく時計の文字盤を指で叩く。
終ぞ見せたことのない苛立った表情。
「――お待たせ致しました」
店員らしき女性が商品を差し出す。
女は思わず身を乗り出した。
小さなギフトボックスは、少年の手に乗せられている物と全く一緒だ。
彼はそれを受け取ると、無造作にコートのポケットに突っ込み足早に店を後にした。
その横顔が大写しとなり、ぴたりと止まる。
少年の手から引っ手繰るようにしてギフトボックスを取り上げると、女は不器用な手つきで十字に掛けられたリボンを解き、乱暴に包装紙を破り捨てた。
無地の小箱の中には、青いビロード貼りのジュエリーケースが収められていた。
蝶番の付いた蓋を開けると、プラチナのリングが顔を覗かせる。
10石のメレダイヤがあしらわれた、シンプルなエタニティーリング。
震える指でリングを摘み出すと厚ぼったい一重瞼を瞬かせた。
大粒の涙がぽろりと零れ落ちる。
胸の奥が熱くなり、あとからあとから涙が溢れた。
彼に会って、この気持ちを伝えたい。
40年生きてきて、こんなに幸せな誕生日を迎えたのは初めてだ、と。
―――――生きてきて?
絶望感が一瞬で熱を奪い去る。
もう、彼には会えないの?
女は目の前に静かに佇む不思議な少年に視線を投げた。
この子なら…もしかしたら。
少年は首を横に振る。
「運命は誰にも変えられません」
まるで心の内を読み取ったかのように、小さく告げた。
女の口から咆哮のような嗚咽が漏れ響く。
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