満月の夜は 傘をさしましょう

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 ここ何日か続いた雨は、今日も飽きもせずに降っている。  バルバラは自分の手にした傘を真剣な面持ちで見つめては、わたしにもの問いたげな目を向ける。  気づいてないふりしなきゃ。目をあわせちゃダメ。傘で視線さえぎって、そしらぬふりで帰り道についた。  町の中に流れる大きな川には、立派な石橋がかかっている。ちょうど真ん中あたりで川を見下ろすと、ぽつりぽつり。小さな波紋が生まれては消え、生まれては消え。同じリズムで傘をたたく雨音を楽しんでいたら、馬車の車輪が硬い石畳を踏んで、わたしの後ろで重く騒々しい音を立てた。  いつまでも寄り道していると、時間がなくなっちゃう。さあ、家に帰ってテレーザおばあちゃんと勉強しなきゃ。傘をくるんと回し、雨粒を飛ばした。  町を通りぬけるころには雨もやんだ。  軒を連ねていたお店や家が途切れ、原っぱが広がる。オレンジ色の屋根をのせた石造りの小ぶりな家が、はなればなれに散らばっている。石でかためられていた道は、むき出しの地面に変わって、くねくねと曲がっている。  そんな小道を森まで歩くと、とんがり屋根の家が目に入る。黒いほどに葉っぱを茂らせた木の間に、ツンととんがったオレンジの屋根が可愛らしい。これがおばあちゃんの家。 「ただいま」  分厚い木の扉を開けても、おばあちゃんがいない。いつもなら窓際のゆり椅子で編み物をしているのに。  キッチンのかまどには火が入っていなかった。作りつけの棚には、孫と暮らすようになってから、ぐっと数を増した小瓶たちがところせましとならべられている。中に詰まっているのは、花や草、木の皮や根、怪しげな虫や生き物をすりつぶした粉だ。  お掃除かな? ウッドデッキに出る扉は閉まっている。でもほうきがない。  いつも壁にかかっている籐のお買い物かごもないことに気がついたとき、お出かけ用のつばの広い帽子とほうきをもって、玄関からおばあちゃんが入ってきた。  ひじに細長いパンのつき出したかごがひっかかっていた。おばあちゃんの腕もパンと同じように、ほっそりしている。 「おやまあ。雨がやむのを待っていたら、先を越されちゃったねえ。もっと寄り道して帰ってきなさい」  テレーザおばあちゃんは、にこにこと笑いながら帽子とほうきを壁に掛けた。 「これでもアンデラル川を、ぼんやりながめてきたんだけどねえ」  わたしもついつい笑顔になって、おばあちゃんといっしょに買ってきたものをかごからとり出し、テーブルにならべる。レースの白いハンカチに淡い緑の葉っぱがくるまれていた。 「あ、もしかして、アマアザミ?」 「そうそう。雨上がりに摘むと、効き目が格別なのよ」 「へえ。こんなのなんだ。本の絵をみただけじゃ、わからないね」 「あら、でも一目で言い当てたじゃない。さあ、これで必要なものはそろったわよ」 「お勉強開始だね」 「キッチンに行きましょう」  おばあちゃんが火にかけたお鍋をぐるぐるかきまぜる。それをま横でのぞきこみ、たまにかわってもらう。表面をおおった灰汁をすくいとったり、新しい材料を入れるタイミングを教えてもらったり。本当にためになる。  日も暮れたころには二人で話をしながら温かい食事をとって、わたしの一日は終わる。
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