例えばこんな誕生日

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 そんな事を考えていたせいで、近づいてくる人影に気付いていなかった。 「お待たせ」  水色のワンピースに白いカーディガンを羽織った朱音がひょこり俺の前に現れた。  背負った小さなリュックとか、ちょっと被ってみている帽子が何か可愛いんですけど。  あれ? 普段ってパーカーにジーパンとかじゃなかったでしたっけ。 「お、おう」  不意打ちを喰らい、思わず声が上ずる。  クソ、こんなので。  ていうか、やっぱりここはパラレルワールドなのか? 「俺は……次元の壁を越えたってのか……」 「デートの冒頭から意味不明な事言わないで」  口調はいつも朱音だな。 「いつもと格好が違う……」 「貴様……もう忘れたってんじゃないでしょうね?」  き、貴様? これは地雷原に片足突っ込んだ予感。  えーと……。おらのシナプス達、ちょびっとだけ繋がってくれ……。 「あ」 「思い出した?」 「こないだの誕生日に買ってあげた奴か」 「ザッツライトだ馬鹿野郎。大減点だゾ」  ゾの響き。さらにツン、と額を人差し指で突っつかれ、俺のスキンは一気にチキンになった。 「で、今からどうすんだ?」 「うん。実は行きたいところがあるんだよね」  彼女はちょっと照れくさそうにそう言った。  何か、今日の朱音は全体的に可愛い。  ああいや、いつも可愛いんだよ。けど、その種類が違うというか。  やって来たのは、近くにある大きな市民公園だった。  久し振りって程じゃない。  つい半年ほど前に来たばかりだ。  何せ、俺はここで朱音に想いを打ち明けたわけだから。 「今、三時前だね」 「そうだな。どうする? ぶらぶらする?」 「ううん、こっち来て」 「お、おい……」  手を引かれるままに市民公園の中を進んでいく。  そしてやって来たのは……。 「俺が告白したところじゃないか」 「正解」 「ここで何を?」 「まあいいからしばし待て」  しきりに時間を確認しながら、朱音はリュックの中から小さな紙バッグを取り出した。 「三……二……一……」 「お、おい……」 「はい、ハッピーバースデー!!」  彼女は手に持った小さな紙バッグを、おもむろに俺の方へ差し出した。 「あ、ありがとう……」 「ふふん。ちょっと手の込んだことをしてみたよ」 「手の込んだ?」 「気付かないかい、今の時間」  時間は……。 「……午後三時」 「その時間が何を指すのか、分かるよね?」 「えーと……」 「君が正に生まれた時間だよ。昨日おばさんに確認したんだから」 「あ、ああ、そういう事か」  全ての謎が解けた。  朝の奇妙な家族の反応は、お袋からすべて聞かされていたからだ。  そうなってくると、頑張れよという親父の言葉の真意を後できっちり問いただす必要があるかもしれない。  それにしてもお袋。余計な気を聞かせてくれたものだ。 「もー、ほんとに鈍いね君は。私がばかみたいじゃないか」  腰に手を当て、困ったように苦笑いする朱音。 「ご……ごめん」 「良いの。そういうとこも君だしね」  そう言ってにっこり笑う朱音は果てしなく可愛かった。  俺は思わず朱音を抱きしめた。 「わ、ちょ……」 「ありがとう、朱音。すっげぇ嬉しいよ」 「え、ええ? そ……そんなに? が、頑張って良かったぁ」  そう言いながら、おずおずと彼女も俺を優しくハグしてくれた。  なんて幸せなひと時だろうか。  この子が俺の恋人で、本当に良かった。  
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