プロローグ

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「別に珍しいことじゃありませんよ。卒業前っていうのは、毎年何かが起こるもので、先日もお別れ遠足の班決めを子どもたちに任せたら『最後くらい好きな子とだけ組みたい』と言い出した女子がいて、大揉めになりまして」 「そんなこともあるんですか」 「子どもたちもあと少しで卒業だと思って、(たが)が緩むんでしょうね」  だからこそ、カウントダウンをやって気持ちを引き締めようと思ったのに、とんでもない方向へ話を持っていかれてしまったわけだ。大久保先生は頭を抱えている。 「曽根くんはこの学校で学ぶことなんてもう無いって言うんです。まぁ確かに曽根くんは中学受験をしていて勉強もよくできる子なんで、小学校の授業なんてつまらないんでしょうが」 「いやいや、それは違うでしょう。小学校ってのは、勉強するだけじゃない。友達との付き合い方を学んだり、人として生きていくためのルールや、努力することの大切さを体感する、大事な場所ですよ。少し勉強ができるからって通わなくていいわけが無いでしょう」 「いや、小林先生のおっしゃる通りです。僕もね、常々気になっているんですよ。塾に行けばそりゃあ確かに、勉強はできるようになる。ですけど上っ面の単語を覚えてくるだけで、深く学ぼうとしないんです。だから勉強のできる子ほど、小学校の授業を大切にするべきなんですよ」  大久保先生も小林に同調して熱弁をふるうものだから、ならば力づくでも教室の椅子に座らせて授業を受けさせればいいじゃないかと思ったが、実際にはそうもいかないらしい。 「反抗期に入りかけの時期ですから、頭ごなしに学校へ来い、ってやるとこのまま休んでしまって、卒業式にも出ないっていう可能性があるんです。人生でたった一度きりしかない小学校の卒業式ですから、どの子もきちんと送り出してやりたくて。それだったらいっそのこと本人の気が済むまで好きにさせてやったらいいんじゃないかと、学年主任が言い出しましてね。ただし、授業には出なくていいから、とにかく学校には来るように、と」 「それで図書室ですか?」  呆れた。子どもを授業に出席するよう命令することもできないなんて、昨今の教育現場はなんと腑抜けになってしまったものなのか。  憤慨する小林をなだめるように「まぁ、これは学年主任の経験談なんですけど……」と大久保先生がそのような運びになった理由を教えてくれた。 「子どもが学校に行きたくないと言うときに自由にさせると、かえって自主的に戻ってくるものなんですよ。真面目な性格の子ほど、自分のやっていることにいたたまれなくなるんでしょうね」 「そういうものですかねぇ」  そんなに都合よく話が進むものかと、小林は甚だ疑問に感じたが、しかし小学校で働くようになって2年ほどのおっさんには反論の(すべ)がない。教育のプロが言うのなら、きっとそうなのだろう。
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