3章

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「大丈夫です。僕は栄耀へ通うためなら、1組の教室に通うくらいなんでもありません」  それにあと一週間だけだし、と付け加えた隼斗は、小林に心配かけまいとしたのか、透明感のある笑顔を浮かべた。  その顔を見ていたら、小林はもう何も言うことができなかった。  それからの小林は、図書室の貸し出しカウンターに座りながら、眼下に広がるのどかな昼休みの光景を眺めるのが日課になった。昼休みくらいは隼斗に図書室へ来てほしかったが、彼は校庭でクラスメイトと遊ぶようになってしまったのだ。  校庭ではどの子も歓声をあげて、楽しげに笑っているし、隼斗もその中に混ざってはしゃいでいるように見える。 「曽根くんは最近とても明るくなって、みんなとも仲良く過ごしていますよ」  大久保先生がそんなことを教えてくれた。隼斗が教室へ戻ったことを小林が怒っていたから気にしているのだろう。  しかし担任として彼が気にかけるべきは自分を押し殺して過ごしている隼斗の心の方だ。隼斗はお父さんやおばあちゃんの機嫌を損ねないように、彼らの望む姿を演じているだけなのに、大久保先生はどうして目先の変化だけで満足してしまうのだろう。そんなポジティブに何の意味があるのだか。  尊敬できたり好きになれる部分が無いと友達にはなれない、という隼斗の定義を借りるなら、小林は大久保先生と友達になるのは不可能なようだ。  今、小林の手元には隼斗の用意してくれたクリアファイルがある。 「これ、良かったら使ってください」と今朝、教室へ行く前に図書室へ寄って届けてくれたのだ。中に入っていたのは関ヶ原の戦いに参加した大名たちの家紋一覧のコピーだった。以前、関ヶ原へ行った時に資料館で買ってきたものだそうだ。 「5年生の時、お母さんと栄耀の文化祭へ行って、その時史学研究会っていう部活が関ヶ原のジオラマを作っていたんです。それがすごく格好良かったから、同じようなのを作れないかなと思って。目を引くものが置いてあると、低学年の子でも興味を持ってくれるんじゃないかな」  そのジオラマを作る際に、家紋を使うと分かりやすいだろう、と言うのだ。さらに隼斗は、参考になれば、と文化祭で撮影してきたという数枚の写真も一緒に渡してくれた。 「僕はもう先生と一緒には作れないですけど、興味を持った子と作成するところから一緒にやれば、すごく楽しいと思います」  隼斗は今でも小林のことを考えてくれている。隼斗がいなくなって一人ぼっちに戻ってしまう小林を心配してくれているのだ。
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