3章

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 自分だって辛い気持ちでいっぱいだろうに、隼斗はこんなにも優しい。それなのに、小林の方は彼のために何もしてやれない。  こんなことでいいんだろうか。  確かに隼斗は生意気な子どもといえるだろう。勉強ができ過ぎるものだから、周りの子どもたちを、先生すら見下している。  でもそれは、本人がひとかたならぬ努力をしてきたという自信の裏返しでもあるのだ。そして、できることを認めてもらえないのであれば、そりゃあ多少はひねくれるだろうと思う。  大体、彼は自分の中にある負の気持ちをちゃんと隠していた。それこそ自分の心が悲鳴を上げるまでに周りのことを考えて、みんなの気分を害さないように気を付けていた。  それの何が悪いのか。  心の中で何を考えようと、それくらいは個人の勝手だろう。  学校は勉強するだけの場所じゃない? じゃあ、学校はあの子に何を教えたのだ? 嘘のつき方? 心の偽り方?  こんな小学校に失望したから、隼斗は地元の中学に行きたくなかったのだ。自分と近い考え方の子が集まる難関中を目指した。そのために一生懸命勉強もした。つまり彼は、目標のために努力することの大切さをちゃんと学べている。それなら何も問題無いだろうに―――。  ……なんで誰も、あの子のことを分かってやらないんだ。  悔しくて、涙が滲んできた。ぽとりぽとりと零れ落ちる雫が、小林の袖口を濡らして染みを作っていく。 「……?」  本を借りにやってきた子どもらが、いつしか遠巻きに立って不思議そうな目で小林を眺めていた。 「……あぁ、すまんな」  子どもらの視線を感じた小林は涙をぬぐい、貸し出し業務に戻ろうとしたのだが、それを図書委員の女の子が横合いから手を伸ばして制止してきた。 「大丈夫だよ、先生。私が代わりにやるから」  生憎と敬語ではなかったが、それは優しい言葉だった。  この子もまた、小林をいたわってくれている。それなのに小林はこの子のことを何も知らない。図書委員として1年間励んでくれた子なのに、小林はこれまでこの女の子とろくな会話も交わしてこなかった。  彼女だけではない。図書委員の当番で来ていたもう一人の男の子も、貸し出しカウンター前に児童らを並ばせて、スムーズに業務が流れるように誘導し始めたのだ。  二人とも、小林の涙の理由は分からずとも、何か辛いことがあったのだと気づいて手を差し伸べてくれていた。とても心の優しい子どもたちだったのだ。  ……いったい今まで自分は、子どもたちの何を見てきたのだろう。  とめどなく溢れてくる涙で前が見えなくなってしまった小林に代わって、この昼休み、図書委員の子どもたちは最後の一人にまできちんと本を貸し出してくれたのだった。
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