4章

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「そうでしょうか。私はあんな学校、偏った人間になりそうで気に入りませんがね」  お父さんは不服そうな表情を浮かべて語り出した。 「部活も運動系はほとんど無いし、大学への合格実績ばかりを気にして、生徒はみんな勉強漬けだし。一度だけ見学へ行きましたが、どの子も一様に短く髪の毛を刈り上げて眼鏡をかけているという真面目ぶった顔で……世の中は賢い人間だけでできているわけではないんだから、もっといろんな人間に触れあって成長しないと、世間へ出た時に絶対苦労するでしょう。あんなエリート集団の中にいたら、息子はますます軟弱者になってしまいますよ」  不満を口にするお父さんは、恐らく隼斗にもっと強い子になってほしいのだろうと思った。息子に隼斗と名付けたところからもその意志が伝わってくる。お父さんは薩摩隼人をイメージして、心も体も頑丈な男に育つことを期待しているのだ。それなのに現実の隼斗は線が細く、しかも残り僅かな小学校にすら通いたくないと言い出すような精神面の弱さを露呈している。  お父さんはそんな息子を許せないのだ。 「あぁ、確かにそうですね。本当にいい学校かなんて、私も断言はできません」  小林は父親の気持ちを逆なでしないよう、注意深く頷いた。 「歴史というものは当事者に判断がつかないものなんですよ。何年も経って、その時の状況や結果を整理して、ようやく当時の選択の善し悪しが分かる。だから隼斗くんにとって栄耀へ行くことが本当に良かったかは、あと何年も待たなければ答えが出ないでしょう。それでもね、私には分かるんです。隼斗くんはこれから中学で有意義な時間を過ごし、良き友にも恵まれ、素晴らしい学校生活を送ります」  これは当てずっぽうの予言ではない。小林は自信を持って言っている。何しろあのお母さんが息子のためにとお勧めしてくれた中学なのだから。なんならこのしわ首をかけてもいいくらいだ。 「隼斗くんはよくできた子です。勉強のことだけを言っているのではありませんよ。この歳でTPOをわきまえ、目上の者と敬語で話ができるのは大したものですし、人の話を真剣に聞くという姿勢、苦手な人や意見の合わない人とも波風を起こさずに付き合えるという協調性はずば抜けています。そして何より、この子は内緒にしてほしいと頼まれたことをこっそり明かしてしまうようなこともしません」  小林がさりげなく当て擦ると、祖母はバツが悪そうにあらぬ方へと視線をさまよわせてしまった。 「これだけ人としての基本的な素養が身についていれば、この先は何があっても対処できますから、心配いりませんよ」 「そうでしょうかねぇ」  お父さんはなおも納得いかない様子だった。
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