1章

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 そもそも、子どもらにとって図書の授業など、とるに足らない存在なのだ。算数のように理解できなかったら後々困るというものでもないから、休み時間の延長のようにだらけて過ごす羽目になってしまう。そして子どもらを監督するべき担任の先生は、この隙にと職員室に籠ってテストの採点などに取り組む始末。これでは子どもらが野に放たれたトラよりも自由気ままに振る舞うのは当然かもしれない。  苛立っている小林の側に女の子らが2、3人で固まってやってきた。そのうちの一人が貸し出しカウンター脇のお勧め図書のコーナーを指さして言う。 「あ、卒業式の本になってるよ。今までひな祭りだったよね」 「ホントだ~」  彼女らは絵本に手を伸ばして中のページをぱらぱらとめくっていたが、興味を覚えなかったのかすぐに他へ行ってしまった。  そうか。卒業シーズンだから卒業関連の絵本を置いてみたのだが、3年生にとっては卒業なんて直接縁のない行事だからつまらなかったのだ。  子どもらに喜ばれる本を選ぶというのも難しい。小学校は1年生から6年生まで、理解力にかなり幅のある子どもたちが過ごしているから、全ての学年に受け入れられる本なんて、そう簡単には見つけられない。加えて、小林はこれまで県立図書館で学術図書ばかり扱ってきたから、子ども相手の本の選び方がまるで分からないのだ。  ……やっぱり小学校の司書教諭なんて、なるもんじゃなかったな。  小学校で働くようになってからもう2年経つが、子どもたちとは顔を合わせるだけで腹が立つだけだし、仕事にやりがいも無い。日に日に不満だけが募っていく。  しかし今日の小林は不満を垂れるより前に、とにかく忙しかった。手のかかる3年生らを四時間目終業の鐘と共に図書室から追い返した後は、校長先生に呼び出されて来月の学校報で載せる本についての相談を受け、その直後には新学期用に発注した貸し出しカードの枚数について経理から質問を受け……とやってるうちに、給食を食べる前に掃除の時間になってしまったのだ。 「図書室の掃除に来ました」 「あ……あぁ、ご苦労様」  当番の子どもらが来ているのに自分だけご飯を食べるわけにもいかないから、彼らと一緒に掃除をする。  そしてその後は昼休み。もちろん小林にとっての休み時間ではなく、子どもたちが本を借りにくる相手をしなければいけない。  小林が給食にありつけたのは結局、五時間目の始業を告げるチャイムが鳴ってからだった。 「待たせたね。お腹が減っただろう」  小林は二人分の給食を載せたトレイを持って隼斗の待つ図書準備室へ急いで戻ってきた。隼斗がこの図書室で過ごしていることは、もちろん他の児童らには内緒にしているので、彼に給食室まで行かせるわけにはいかない。だから小林の給食が遅れれば、必然的に隼斗もおあずけを食らってしまう。  しかし準備室の中にいた少年は、己の空腹よりも、小林のデスクの前に置いてあった一冊のハードカバーの本の方にすっかり気を取られていた。 「あぁ、それは忠臣蔵の本でね」  小林が声をかけると「そうみたいですね」と彼は頷いた。とても興味深げな目をして最初の方のページを読んでいる。
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