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「おや、忠臣蔵を知っているのかな?」
「はい。『殿中でごさる、殿中でごさる』って奴ですよね」
「あぁそうだよ」
その言いように小林は笑ってしまった。
「忠臣蔵は江戸時代に実際に起きた刃傷事件を元にした演劇だが、舞台で映えるようにいろいろ脚色されているんだ。この本はそういった演出を排除して、徹底的にリアルを追求したものでね」
小林が以前から愛読している本なのである。今朝は本なんて好きじゃないと言っていたはずだったが、隼斗は小林が机の上に給食のトレイを並べている間もずっとページをめくって読んでいた。
「忠臣蔵に興味があるのかい?」
「お母さんが忠臣蔵の話を教えてくれた時、確かこの本を元にして話をしていたんです。でも実物を見るのは初めてだから気になって」
「そうだったのか。それは私の私物だが、良かったら貸してあげようか」
「いいんですか?」
「もちろん。君ならもう読めるだろう。実は私はこの中に出てくる赤穂浪士の末裔でね」
「え?!」
「いや、討ち入った方ではないよ。正確には、主君の仇討に参加することなく途中で逃げ出したその他大勢の方なんだが、それでもまぁ、逃げてくれたおかげで今こうして私が生きていると思うと感慨深くて……ほら、ここのページに名前が載っているだろう」
小林はえーっと確かこのあたりに、と言いながら本の真ん中辺りのページを開いた。
そこには討ち入りを志して江戸まで出て来ながらも途中で断念した多くの侍たちの名前が羅列されており、その中に小林という名前も載っていた。
「あぁ本当だ。すごい!」
本の中に先祖の名が出ているという稀有な出来事に、少年は目を見張る。小林は照れ笑いを浮かべた。
「まぁ、小林なんてのはありきたりな名前だから、この人が本当にご先祖かなんてのは、はっきりしないんだがね」
「でも、討ち入った義士たちは後日人気が出て、そのおかげで親戚を名乗る人も多かったらしいですけど、逃げた方ならわざわざ名乗らないでしょう。だからきっとこの人がご先祖ですよ」
その論理的な言葉に小林は度肝を抜かれてしまった。小学生のくせに、当時の事情にまで随分と詳しいではないか。
そんなに知っているのならもう少し語ってもいいかと考えた小林は、隼斗を座らせると給食のパンを口に運びながら話を続けることにした。
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