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プロローグ
小学校で非常勤の司書教諭をしている小林芳徳が、6年1組の大久保先生から妙な依頼をされたのは、ちょうどひな祭りにちなんだ本を片付けている最中のことだった。正確には明後日が3月3日なので片付けてしまうのはフライングになるのだが、その日は日曜日で学校も休みなので、金曜日の夕方に撤収していたのだ。
「大変お手数なんですが、来週からうちのクラスの曽根くんを図書室で預かっていただけませんかね」
「預かる? 図書室で??」
可愛らしいひな人形の描かれた絵本を手に掴んだまま、状況をうまく呑み込めない小林は目を白黒させた。
大久保先生は30代半ばの男性教諭。もうすぐ還暦を迎える小林にとっては息子くらいの年齢になる。性格は明るくて、声が大きくて、肌が浅黒くて、昼休みに子どもらとサッカーをやり始めるような溌剌とした先生である。
彼は、よろしいですか、と断ってから図書の閲覧席に腰かけた。どうやら立ち話というわけにもいかない内容のようだ。小林も大久保先生に倣ってその向かい側へどっこらしょと腰かける。
「今週の初め頃のことなんですけど、放課後に曽根くんが一人でぼーっと席に座ったままいつまでも帰ろうとしなかったんです。それで、どーしたんだ、って僕が声を掛けたら『先生、学校っていうのは絶対に通わなきゃいけないんでしょうか?』なんてことを真顔で聞いてきましてね」
「それは学校が嫌ってことですか?」
「はい」
「イジメ、ですかね?」
小林は咄嗟に胸に浮かんだ言葉を口にしてしまった。
学校へ行きたくない、という経験が皆無だったから、学校を嫌う理由なんてそれくらいしか思いつかなかったのだ。しかし大久保先生はきっぱり否定する。
「それは無いです。うちのクラスの子たちはみんな優しくて……確かに曽根くんは少しおとなしい子ですが、みんなは遊びに誘ったり、積極的に関わろうとしていましたよ」
「じゃあどうして……?」
「実はうちのクラスで今、卒業前のカウントダウンとして各自の出席番号にちなんで、あと何日っていう紙を1枚ずつ書かせて日めくりカレンダーを作っているんですけど、あと17日っていう自分が書いた紙が貼られているのを見たときに、ふっと糸が切れちゃったらしいんです。あと17日くらいなら……」
「もう学校になんて通わなくてもいいんじゃないかと思ってしまったわけですか?」
驚きのあまり、小林は大久保先生の言葉を先取りしてしまった。近頃の子どもはなんと甘ったれたことを言うのだろう。
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