2章

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2章

 こうしてすっかり仲良しになった二人はそれから毎日、図書室で楽しく会話を交わすようになった。月曜の朝に彼を図書室へ迎え入れた時には、まさかこんなことになるなんて予想だにしなかったかったのに……全く、とんでもなく良い方向へ裏切られたものだ。  隼斗の抱えている中学校からの宿題は、小林が図書の授業をやっている間に進めていたから、小林の都合にあわせて話し込んでいても問題無いらしい。短い時間に集中して取り組むから、むしろ効率が良いとまで言ってくれる。賢い子で本当に良かった。  隼斗は男の子だけに戦国時代あたりの話が特に好きで、中でも関ヶ原の戦いについては実際に現地まで行っているせいもあるのか、小学生とは思えないほど詳しかった。 「僕は黒田長政と官兵衛親子の会話が好きです。家康が手を取って褒美をくれたという話を感無量に語る息子に、官兵衛が渋い顔で言うんですよね」 「その方、どちらの手で褒美を受け取ったのだ?」  調子に乗った小林が演劇風に問いかけると、隼斗もすぐに理解し「は? 右手ですが?」と長政を演じてくれる。 「ではその間、左手は何をしておった?」  有名なワンシーンが即興で完成し、二人で腹の底から笑い合う。  全てがこの調子だった。  理解し合える仲間がいるとは、こんなにも心が弾むことなのだ。小学校で働くようになってから、いや県立図書館で働いていた時だってこれほど盛り上がることはなかったから、小林は初めて覚える愉しさにすっかり魅了されてしまった。  隼斗のためなら、本を選ぶのも心が躍る。今までは仕事だからという理由だけだった無味な作業に色がついたわけだ。それも琉球紅型(びんがた)並みの極彩色が。  小学校の本だけでは足りないと判断した小林は、仕事終わりにわざわざ古巣の県立図書館まで行って本を探したりもした。翌朝、隼斗に見せてやると、予想通りに喜んでくれるものだから、小林はたくさんの本を知っている司書という仕事に就いていることを心底誇らしく感じた。  しかし、幸せになればなるほど、皮肉なことに小林の孤独は深まっていく。  何しろ隼斗がこの小学校に通うのはあと僅か。来週の土曜日には卒業式が行われて、彼はいなくなってしまうのだ。
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