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よりによってと、店を出ようとした土方歳三は舌打ちしてしまう。外は本降りの雨。しかも、傘を差さずに歩くには不便はほど降っている。
「どうしようかな」
出ようとした店の中に戻るかと思いつつも、財布の中身が気になるところだ。今いる場所は島原で、ちょっとした情報収集をしてきたところ。もう一度となると、今度は本格的に遊ぶことになり、金が必要になる。この頃は金に困ることはないが、貧乏だった時代が長かったせいか、気まぐれに遊ぶ気にはなれなかった。
「ちっ」
仕方なく濡れ鼠になって帰るか、そんなことを思いながら薄暗くなった通りを眺めていると、一人、傘を差した浪人風の男が立ち止まった。そして僅かに傘を上げ、こちらをじっと見てくる。その足元は下駄でも草履でもなく、ブーツだ。
「――」
それは、大物と言うべき奴だった。こんな雨でなければ、問答無用で斬りかかっているかもしれない。
「くくっ。鬼の副長なんて呼ばれる男も、雨には負けるか」
「何を」
あからさまな挑発に、思わず一歩、軒下から出ようとする。が、雨の激しさにすぐ足を引っ込めてしまった。何とも邪魔な雨だ。
「大人しくしてるなら、傘を貸してやるぞ」
「てめえと相合い傘をしろってか。何の嫌がらせだ、坂本龍馬」
名前を呼ばれて、龍馬は完全に傘を上げると楽しそうに笑う。こいつ、明らかにからかっている。しかし、その真意が知れない。意味不明だ。どうしてわざわざ、立ち止まらなければ気付かなかったはずなのに、こうして話し掛けてくるのか。
「まあまあ。色々と抜きにあんたと話がしてみたかったんだ。非番ってことにしてくれんか?」
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