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古いもの。そう断言されると、反発心が強くなる。俺たちの生活は、この徳川の世が続いてきたからこそ、平和にやって来れたのではないのか。
「新しいことが、常に正しいとは限らないだろ?」
「まあね。徳川の総てを否定するつもりはないさ。俺だって、初めは幕府のお偉いさんのおかげで外を知ることが出来た。そして知った。この状況はおかしいんだってね。だから、俺は今のやり方を否定する」
「――」
「日本っていう一つの国じゃなきゃいかんのに、俺たちはやれ土佐藩だ、やれ会津藩だって、そんな小さな地域に拘っている。それじゃあ、外国には負ける。俺たちは日本国の人間であるべきで、土佐藩とか会津藩の人間であるべきじゃない」
「それは」
「あんたには、見えてると思うぜ。小さいまま纏まってちゃ駄目だっていう事実が。武士という垣根を越えて、志と誠で国を守ろうとしているあんたなら、見えているはずだ」
「そんなことは、ない」
一方的に言いくるめられるのなんて初めてだ。しかも、龍馬は言い負かそうとしているのではない。自分と同じだろと唆してくる。こんなの、初めてだ。
気まぐれなんて起こすもんじゃないなと、強く自分を射抜く龍馬の目を見ながら思う。
「よく、考えた方がいい。もう、時間は残ってねえぜ」
「――」
そう言ったところで、屯所のある西本願寺が見えてきた。龍馬はすっと身体を引く。
「おい」
「傘はやるよ」
それを持って、今度はお前が俺に声を掛けろ。走り去って行く背中が、そう言っているようだった。歳三は苦々しく舌打ちする。
「俺は、それでも守ってみせる」
握り締めた傘を見つめ、思わずそう呟いていた。
それからすぐ、龍馬の言った通り、薩長同盟は成立した。そして翌年、龍馬は何者かに暗殺されてしまった。
「先に死ぬなんて、ありかよ」
手に握る返せずに残った傘を見ながら、歳三は苦々しげに吐き出す。あれほど新時代を夢見た男が、あっさりと消えてしまった。自分たちもそうするはずだったのに、それは妙な喪失感を生み出す。
「ま、俺も」
遅からず、同じように死ぬ。その時はあの世でぶん殴ってやろう。降り出した雨に、あの傘を差しながら、歳三は龍馬の射抜くような目を思い出していたのだった。
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