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はしゃぎすぎ男子とケダモノ二人組
あのオッサン二人を仲良くさせるのは、非常に頭の痛い問題だ。
ブラックはクロウが俺に優しくするのに嫉妬してすぐに怒るし、クロウはクロウでそんなブラックにやけに突っかかる。
そりゃ、クロウは俺に好意を持っていると言った事はあるけどさ。
だけどそれで何かをしてくる訳でもないし、第一クロウの本心なんて判らないのに、ちょっと仲良くしただけで悪口はさすがに大人げない。ブラックの心が狭いのは今に始まった事じゃないが、協調性と言うものが無いのはいただけないよな。
でも、ブラックは若い頃にシアンさんや他の人とパーティーを組んでたんだし、その人達とは仲良く出来てたんだ。たぶん。だから、今はまだ無理かもしれないけど……これから他人と距離を近付ける機会を増やして行けば、気が合わない奴とも理性的に話せるようになるはず。
まあ、今回の場合は……嫉妬と警戒心が多分に含まれるから、それを取り除いてやらなきゃいけないんだろうけど……。俺に出来るかなあ。
なんせ、ブラックが不機嫌になる原因作ってるのは俺だしなあ。
……自分が原因というのが何か嫌な気分になるが、この場合は仕方ないだろう。クロウと一緒に居るなら俺はクロウに優しくしちゃうし、クロウもラッタディアの時みたいに接してくるだろうからなあ。
だって、仲間に厳しく接するとか普通ムリだろ。俺には出来ませんて。
ブラックにしてみれば面白くないだろうけど、どうにかして許容して貰わなくちゃ始まらない。しかし、あの二人に共通の趣味とか好物とかはないわけだし……うーむ、二人とも似てる所はあるんだし、なんか切欠が有れば、凄く仲良くなると思うんだけどなあ。
とかなんとか思いながら港をしばらく歩いて行くと、急に波止場が途切れて山道のような舗装されていない道に切り替わった。
道の片側は崖っぽくなっているが、柵も有るしこの程度なら問題ない。崖に打ち寄せる波を観賞しつつ歩を進めて行くうちに、左の視界に岩場が現れた。
「おお、磯じゃん磯!! あそこ、もしかしたら貝とか採れるかな!? わー……魚釣りしたら沢山釣れそうだなあ……」
「ツカサ君本当に釣りするのー?」
「するに決まってんだろ、磯はいいぞ、磯は!」
まあ海中に突撃できなかったので、磯遊びが主流になっただけなんですけどね!
とは言えず、話を変えようと前方を向いて――――俺は目を輝かせた。
「あった、砂浜だ……!」
石でしっかりと造られた階段を下った所に、ほんのりと黄色を含んだ美しい砂の海岸が在る。長さは一キロも無く少し狭いが、それでもゴミも流木も無いまっさらの砂浜は、まるでプライベートビーチのようで俺は思わず走り出していた。
いやだってさ、あんな凄い場所、一番乗りするっきゃないでしょうよ!!
何を隠そう、俺は初雪に足跡をつけるのが大好きな人種だからな!
「ツカサ君待ってよー!」
「ツカサ、待てっ、転ぶぞ」
またもや慌てるオッサン二人を後ろに付けて、俺は全速力で道の先にある階段を駆け下りる。こういう時だけ足が速いなお前とは言ってくれるなよ。
人は楽しい物に出会った時、凄いパワーを発揮するものなんだ。
ってなわけで階段を降り切り、俺は目の前に広が光景に思いっきり喜んだ。
「うわーっ、すっげー綺麗~っ!」
陽に輝く混じりっけのないさらさらの砂浜に、白い波が寄せては返す。
青空の下の海は薄らと緑がかった綺麗な瑠璃色で、まるでリゾート地のようだ。婆ちゃんの家の近くに在った海も好きだったけど、異世界の海はやはり俺の知っている海とは少し違う感じがして、一層俺の心を躍らせた。
「海の水、冷たいかなっ?」
走り出して、つんのめりそうになりながらも靴を脱いで放り出し、俺はズボンを捲り上げて波打ち際へと走った。
さらさらで温かい砂に足を軽く捕られながらも、濡れて僅かに固まった場所まで駆け抜ける。すると、俺を待っていたかのように透明で綺麗な海水が一気に砂浜に戻ってきた。足首までつかる程の水の量に、俺は目を細めて喜ぶ。
「はははっ、結構冷たいな~! おっ、砂がキラキラしてる……何でだろ、やっぱこういう所は異世界だよなー」
綺麗な水と言うだけでも嬉しいのに、波の勢いに動く砂は陽光にキラキラと輝いていて、とても不思議だった。なんか所々青や緑に光る砂があるけど、もしかして粒状になった鉱石の欠片か何かなのかな? 磁石とか持って来たら、砂鉄みたいにとれたのかなー。
くそー、もっと準備しておくんだった!
だけど、実際は言うほど悔しくない。
海の音や汚れない砂浜の柔らかさがあるだけで、自然と嬉しくなってくる。
再び波が引き、次の波を待っていると、少し先の完全に水に浸かった部分に沢山の光る物が見えた。あれは……魚だ!
「なあなあブラック、クロウ! ここ、砂場なのに魚が沢山いるぞ!? うわっ、これ手で捕まえられるんじゃないかな……!?」
思わず近付くと、小魚の群れは一瞬逃げたものの、そこでじっと待っている俺にじりじりと近付いてきた。そうして、窺うように周りをくるくると回り始める。
ただの青い小魚なのに、鱗が薄らと七色に光るので、回っているとまるで小さな宝石のように思えてくる。この世界の魚ってやたら綺麗だな。
ってか、くすぐったい。ちょいちょい魚が俺の足を軽く突いて来る。
食べるためじゃなくて、俺と遊びたいと言っているみたいに。
「うわっ、あはははっ、なんだこいつら人懐っこいなー! 魚って懐くんだっけ? あれ、こっちだとそうなのかな。なあ、ブラックー! ……って……」
おいコラそこ、なに二人仲良く並んでニヤニヤしてんだよ。
俺一人で楽しんで子供みたいってか。子供みたいってか! ああそうですよ俺はまだ十七歳なんでね、大人ぶっても子供ぶってもいいんですよ! 文句あるか!
さっきまで胃が痛いのを我慢してたんだから、楽しんでも良いじゃないか。
恥ずかしくないぞ。一人ではしゃいでて恥ずかしくなんて無いんだからな!
てか、あのオッサンズがこんな時だけ「保護者ですよ」みたいな顔して遠くから見てるのって、凄くムカツクんだけど。
アンタらだって、オッサンのくせに子供な部分が腐るほど有るじゃないか。
ちくしょう、こうなったらヤケだ。
「お前ら、なに他人事みたいな顔してんだよっ!」
ずんずんと近付いて行って、俺は二人の腕を取る。
俺の片手じゃ余るほどに筋肉の付いた太い腕だが、それでもしっかり掴んで俺は二人を引き摺り海の方へと誘導した。
「つ、ツカサ君っ」
「ま、待て。靴が濡れてしまうぞ」
「靴が濡れるのが嫌なら自分で脱げ!」
強い口調で断じると、ずりずり引き摺られていた二人は「さすがに濡れたら後々困る」と思ったのか、靴を脱いでズボンの裾を何回かまくり始めた。
解ってた事だけど、お二人とも実にオッサ……男らしい足ですね。
俺も早く毛とか生えないかな。いや別に人に言われたら剃る程度のモンなんだけどさ、でも「すね毛があるから剃る」のと「最初から無い」のとでは違うだろ?
俺としてはナヨナヨ系イケメンになるつもりはないので、そろそろここら辺で男らしさの象徴が欲しいんですよ。もういい加減無毛野郎とバカにされるのは嫌だ。
「ツカサ君?」
「あっ、いやなんでもない。ほら、足つけてみろよ。冷たくて気持ちいいぞ」
準備はしたものの、ブラックとクロウはやっぱり少しためらっている。
そんな二人の手を再び取って、俺はゆっくりと波打ち際へ誘導した。
波の音が引いて、再び俺達の居る場所へと海の水が帰ってくる。
ざっと音を立てて俺達の足を飲み込み打ち付ける水は、やはり気持ちが良い。
足を打った海水から潮の香りが漂って来て、俺は息を吸った。
はあ、やっぱ綺麗な海の匂いって好きだなぁ……。
「うわー、なんか……砂がしゅわしゅわして、足が沈むねこれ」
「海……初めて足をつけたぞ」
「えっ、二人とも海に入った事なかったのか!?」
思わずびっくりすると、目の前のオッサン二人はそれぞれに何かを思い出すような仕草をして首を傾げる。
「僕は……海は見た事有るけど、入った事は無かったな……」
「オレも海は遠くから見た事が有るが、こういう所には連れて来て貰えなかった」
「そうなんだ……まあでも、そう言う事も有るよな」
俺の友達で「海で泳いだ事はないがプールでは泳いでるよ!」って奴がいるし、家の方針で海に入れなかったり海が遠い場所に住んでたりすると、行った事はあるけど泳いだ事は無いって事が有ったりするんだよなあ。
俺も婆ちゃんの所でしか海に入らないし、それを考えると普通の事なのかも。
やっぱオッサンになっても初めてな事ってたくさんあるんだな。
けど、それってちょっと面白いかも。
なんだか笑えて来て、俺は笑顔のままで二人を見上げた。
「じゃあ、ブラックもクロウも、これが初めてなんだ」
「……っ」
「そ、そう……だね」
二人の顔が、ハッとしたような変な表情になる。それから、すぐに赤面した。
ブラックはまあ、赤面するのはよくある事だけど、クロウも少し赤くなってるのはなんなんだ。
……良く解らないけど、不快そうな感じはないし、大人特有の照れって奴かな。そら年下に「初めてなんだ《はぁと》」とか言われると恥ずかしいよね。
でもそう言うシチュはエロ漫画だと本当に萌えるよね。
ギャルに手ほどきされる童貞って言う展開は普通に考えて夢のようなシチュエーションなんだけどそういう問題じゃない。俺ハートマークつけてないし。
とにかく、磯遊びは初めてってんなら、磯マスターの俺が教えてやんなきゃな!
泳げないけど磯の事だけはまかしとけ。
そう思って、俺は二人を元気づけるように軽くガッツポーズをした。
「よし、じゃあ今から俺が海の楽しい所をレクチャーしてやろう! 釣りはまあ、明日でもいいだろ。確か、日が高いと魚ってあんまり釣れなくなるらしいし」
「へー、そうなんだ……」
「そうそう、水面に人影が映ったりするだろ? それで逃げられちまうんだよ」
「……れくちゃってなんだツカサ」
「えーっと、レクチャーってのは……教えるって事だ! まあとにかく任せとけ」
この世界で数か月過ごしてても、横文字ってついつい出ちゃうモンだな。
今気付いたけど、これって結構危ないクセかも。
二人は俺が異世界人だって知ってるから良いけど、それでも言葉の意味の説明を求められるんだもんなぁ。これが他の奴らだったら、根掘り葉掘り聞かれて言葉に詰まる事も有るだろう。そうなると面倒だし、あんまり使わない方がいいよな。
「とにかく、三人でこの砂浜片っ端から探検しようぜ! ほら、端っこの方に岩場があるし、もしかしたらイソギンチャクとか居るかも」
「イソギンチャク?」
「まあまあ、行ってみれば分かるって。ホラ、いこーぜ!」
久しぶりの海に興奮しっぱなしの俺は、子供がねだるように二人の手をまたぎゅっと握る。すると、ブラックとクロウは珍しく顔を見合わせたが……二人とも、苦笑するような顔で俺に笑って、それぞれ頷いた。
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