知らない内に何か仲間が増えてたんですが(震え)

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知らない内に何か仲間が増えてたんですが(震え)

     別に、ブラックを全面的に信じていた訳ではない。  まあ監禁されてたら信じた俺が悪いんだし、何をされようが俺はもうブラックの事を憎めないだろうから……なるようになるとは思っていた。  ブラックといいクロウといい俺は中年に優しすぎるような気がするが、今更どうしようもない。ブラックとばっかりずっと一緒に居たんだから、嫌でも情けないオッサンびいきになっちまうわな。  嫌だけど。そういうのホントに嫌だけど、まあそれはそれとして。  だから、目が覚めて柔らかいベッドの上に寝かせて貰っていたって知った時は、不覚にもちょっと感動してしまったんだよ俺は。  ブラックもやっぱりちゃんと大人なんだなあとか、我慢して偉かったなあとか、大よそ大人への褒め言葉とは思えない言葉だが、そんな感じの事を素直に思ったんだよ俺は……。なのに。 「あの……これナニ?」  起き上がって一番最初に目に入って来たのは、パンツ一丁の自分の体。  (あざ)だらけで傷がある体は見慣れた物だったので、ああ、全裸にはしたけど最後の良心でパンツは残してくれたんだなと思ったんだけど。  でもさ、あの、体がぬっめぬめになってるのは、なんで? 「あっ、お、起きたんだねツカサ君!」 「おい荒い息の変態中年、なにやってんだか俺に説明しろ」  なにこれ、ローション?  寝てる間に睡眠姦やろうとローション塗りまくったの?  馬鹿野郎海辺の日焼け野郎か俺は。ローションはケツに塗らなきゃ意味ねーんだよ、ローションプレイコースでもねえのに何全身に塗ってくれてんだお前は。  っていうかシーツ! シーツどうしてくれてんだ! 宿の備品のなのに!!  ふざけた説明しやがると承知しねえぞと思っていると、ブラックは悪びれもせずに笑顔で信楽焼(しがらきやき)のツボみたいなのを俺に見せて来た。 「やだなぁツカサ君、これは薬だよー。ツカサ君の傷を早く治して貰うために、ファランが持ってた秘伝の傷薬を貰って全身に塗りたくってたんだよ。はっはっは、変態だなんてツカサ君も早とちりだなあ」 「寝てる間に下着一枚にされてヌルヌルにされてるってのに、それを誤解しない方がどうかしてると思うんだが」 「またまたそんな事言って~。そんなにこういうのが好きなの? 困ったエッチな子だなあツカサ君は! よーし、解ったよ。じゃあ今度蔓屋(ツルヤ)で似たようなのを」 「買ってこんでいいぶっ殺すぞ!!」  思いっきり毛を逆立てて威嚇しつつ、俺はテカってる自分の腕をくんと嗅いでみた。すると、薄荷に似た香りが漂ってくる。これは確かに薬のようだ。  ……嘘は言ってないみたいだな……。 「でも、俺自分で回復薬作って治せるんだけど……」 「やだなあツカサ君、街の薬屋にはもう薬も材料もないし、第一外の森は落ち葉が積もってて草一つ生えてないじゃない。薬なんて作れないよ」 「そういやそうだった……」 「だ、か、ら、恋人の僕が寝てる間に治してあげようかと……」 「思うだけなら傷の無い部分にまで薬を付ける必要はねぇよなぁ~?」  嘘を吐くのはこの口かと無精髭でじょりじょりする頬を掴んで引っ張ると、相手は「いひゃひゃ」とか変な事を言っていたが、流石にほっぺたを引っ張られるのは辛かったらしくごめんごめんと謝って来た。 「だ、だって、その、興奮しちゃって」 「さっきまで俺を監禁するだのなんだの言ってたくせに、さっそく発情かよ」  いい加減にせんかと引っ張っていた頬を離すと、ブラックは赤くなった自分の頬を庇いながらしゅんと肩を落とした。 「それは……その…………ごめんなさい……」  叱られた子供のように顎を引いて俯くブラック。  ……まあ、自分のやった事が悪いって自覚できてるんなら、いいか。  頭ごなしに怒ったってブラックには効かないってのは重々わかってるし。  深い溜息を吐くと、俺は自分の腕でテカっている傷薬を拭った。 「とりあえず、不必要な部分を取るから布持って来いよ」 「う、うん……!」  俺がそこまで怒っていない事を知ったのか、ブラックは顔を明るくしながら何度も頷くと、布を取りに行くために部屋を出て行った。  ……まあ、色々と思う所はあるけど……何にせよ、ブラックが元の調子に戻ってくれて良かった。もしあのままブラックに突き放されてたら、俺も物凄くウザい事になってたかも知れないし。  認めたくない事だけど、俺もそれなりにブラックに嫌われたくないって思ってるみたいだしなあ……。  それが「恋人同士」が抱く当たり前の感情って事なんだろうが、俺にとっては「嫌われる事が怖くなる」なんて付加効果は呪い以外の何物でもない。  みんな、相手に愛想尽かされる恐怖を抱えて恋人やってんだろうか。  俺が見ている漫画やネットの小説は、どれもこれも相手がずっと主人公を好いてくれていて、嫌われるなんてことは絶対に無かった。  だから好き勝手にやれて、楽しくて、俺もそんな風に女の子に好かれたいって思ってたんだ。けど、現実で恋人を持つと楽しい事ばかりじゃなくて。  ……当たり前だけど、相手も現実の人間なんだよな。  だから思い通りに行かなくて、不安になるんだろうか。  好き合っているのに喧嘩もするし、自分が嫌な事もされるし、急に態度を変えられると「嫌われたのかな」ってネガティブになってしまうのかな。  「好きだ」って言われないと不安で、別れて孤独になるのが怖くて、男だってのに泣きそうになってしまうのも……相手を好きだからなんだろうか。もしかして、主人公をずっと好きでいてくれるヒロインも、こういう気持ちになってたのかな。だとしたら、なんかちょっと悲しいかも……。  そこまで考えて、俺は深い溜息を吐いた。  待て待て、全然男らしくないぞ俺。  こんなナヨナヨして怖がるのなんて、自分でも気持ち悪い。  恋をすると、心が弱くなってしまうんだろうか。だとすれば、俺……ほんとにブラックに愛想を尽かされてしまったら、耐えられそうにないよ。  こっちは大人じゃねーんだ、しかも初めてなんだぞ。俺の初めてのほとんどは、アイツに奪われまくってんだぞ。なのに、嫌われるなんて。  そんなの、そんなの…………。 「いや待てよ、そう考えたらなんかめっちゃムカついてきた。何で俺そんなド外道に愛想尽かされるの怖がってんの。これ俺が慰謝料貰える奴じゃない? どう考えても十七歳未成年の俺に軍配が上がるくない?」  大体アイツ何気に俺に酷い事ばっかり言ってるからね?  良く考えてみてご覧よ、十七歳の未成年に「ダルマにして一生肉便器にするね」みたいな言葉をぶつけて来たんだぞアイツ。ここはファンタジー世界だから良かったけど、これ俺の世界での事だったらあのオッサンすぐ逮捕だからね?  良く考えなくても俺を犯してる時点でムショ直行だからね?  そんな相手に嫌われるのが怖いって、俺は本当に何考えてるのかな。  雰囲気で流されまくってるけど、冷静に考えたら俺ってば逃げ出しても許されるくらい酷い事されまくってるよな。百年の恋が冷めてもおかしくないよなコレ。  あれれー、何で俺今まで乙女チックな考え方してたのかなー。  いっくら恋してるからって、流石にあの発言はアウトだよねー。 「あー……本当アイツいつかぶっ飛ばそう、ホントぶっ飛ばそう」  じゃなかったら鉱石掘らせまくってやろう。ただでは起きんぞコンチクショウ。  鉱石王に俺はなる。 「ツカサは元気だな、可愛いぞ」 「あ? 何をふざけた……って、クロウ! 起きてたのか……ってか今までずっと部屋の中に居たのか!?」  今まで見ていなかったベッドサイドに目をやると、そこには確かに人の姿に戻ったクロウが居て、床に座り込み俺を見上げていた。  ぜ、全然気付かなかったんですけど。  ってちょっと待って。  じゃあさっきのヘッポコな会話も俺の独り言も、全部聞かれてたって事……? 「ん? ツカサ、顔が赤くなってるぞ。熱が出たのか?」 「あっ、や、いや、そ、そうじゃなくっ」 「どれ、熱を測ってやろう」  そう言いながらクロウは腰を上げて、俺に顔を柄づけて来る。  ああああちょちょちょちょっと待ってオデコで熱測る奴ですか、これそれだよね絶対それだよねえええ。 「ま、待てクロウ、ちょっと今は俺ヌルヌルだから……っ」 「顔はぬるぬるしてないから大丈夫だ」  さ、さっき腕の傷薬を拭ったばかりで手で制止するのもためらわれるし、何より相手は完全に厚意でやっている事なのだ。拒否ったら悲しい顔をさせちゃうかも。いやでもクロウ、ここにはまたあの面倒臭いオッサンが戻って来るわけで、こんな所を見られたらまたいらぬ喧嘩が……っ。  しかし、止めようかどうしようか迷っている俺に構わず、クロウは俺の額に自分の浅黒い額をくっつけて、目を瞑った。  あ、あああ、会話を聞かれた恥ずかしさが残ってるのにそんな事されると、余計に体がカッカしてしまって熱が上がっちゃうんですけどおおお! 「んん……ちょっと熱いな」  そりゃアンタのせいだよー!  く、くそう、こうなったらブラックが帰って来る前にこれを止めさせなければ。  俺はブラックが帰って来た時にすぐ判るように、額をくっつけられたままでじりじりと頭を動かし、部屋のドアの方を向いた。……が。ドアが見えた刹那、俺はそこに居て欲しくなかった物を見つけて、思わず固まってしまった。  だ、だってそこには……もう、ブラックが立って……。 「あああぁく、クロウありがと熱はもう大丈夫だから測ってくれなくてもっ」 「いや待て、どんどん熱が上がっていくぞ。これは……」  ああああブラックがすっごい無表情で近付いて来る。  もうダメだ、これは喧嘩不可避だどうしようもない。  そう思い俺は思わず目を閉じてしまったのだが……ブラックは、俺が思ってもみなかった程の冷静な態度で、不機嫌に言葉を発した。 「何やってんだ、殺すぞ」  ……え。それだけ……?  閉じていた目を見開いてぽかんと口を開ける俺に、クロウはブラックが帰って来た事に気付いたのか俺から離れる。 「ああ、すまん。ツカサが顔を赤くしていたからな」 「僕に見せつけたつもりか? 認められたら早速当てこすりとは恐れ入るね」 「まさかそんな。オレはここぞという時を大事にしているだけだ」 「この駄熊、人が許せばいけしゃあしゃあと……」  えっと。  ええっと……あの、お二人さん。話が見えないんですけど。  って言うか君達、もしかして微妙に仲良くなってない?  俺が色々根回しする前に君達親密度あげてどうしたの。  そりゃ、俺だってクロウを今後も連れて行きたいって話とか、そのために二人に仲良くして貰いたいって事を話そうと思ってたが、しかしこの展開は早過ぎる。  俺が寝ている間に何が在ったの。なに、イベントフラグとか立ってたの? 「あ、あの、お二人さん……なんで微妙に仲良しになってるの……?」  まさか義兄弟の契りとか交わしてないよねと恐る恐る訊くと、クロウが何か思い出したかのようにポンと手を叩いて俺に向き直った。 「おお、そう言えばツカサに言うのをすっかり忘れていた」 「え?」 「ツカサ、お前がオレを一人にしないと言ってくれた事をブラックに話したらな、色々あって俺をこの群れ……」 「パーティー」 「パーティーに置く事を認めてくれたんだ。……だから、これからはずっと一緒に居られるぞ、ツカサ!」 「え。えっ!? な、仲間……ってかお前、許してくれたの!?」  まさか、恋敵のクロウをパーティーに加える事を許すなんて思わなかった。  いや、ブラックも話せば解ってくれるとは思ってたけどさ、でもこんな短時間で解決するなんて……俺が眠ってる間に何があったんだろう。二人でどんな話し合いをしたんだ? いかん、想像出来んぞこれ。  驚いてブラックを見ると、相手は不機嫌な顔をしながらも仕方がないと言うように嘆息した。 「だって、どの道ツカサ君が僕に頼んでたでしょ?」 「まあ、それは……約束しちゃったし……」 「なら仕方ないよ。どーせ結局こうなるんだろうしね」  あ、口を尖らせてちょっと()ねてる。  どうやら納得行かないとは思ってるけど、それでも俺の事やクロウの事を考えて、最良の決断をしてくれたらしい。  やっぱそう言う所は解ってるよな、ブラックって。  なんだか俺の思いを先に汲み取ってくれたみたいで、それが妙に嬉しくて、俺はブラックが持って来た布を受け取って体を拭くと、ブラックに笑顔を向けた。 「ありがとな、ブラック」  そう言うと、ブラックはゴクリと喉を鳴らしたが――いやいやと首を振って、俺に言い聞かせるように半眼で人差し指を突き出してきた。 「ねえツカサ君、キミ本当にこの熊を仲間に入れる事がどういう事か解ってる?」 「ん? どういうこと?」 「あのね、この熊は二番目のオスって奴なんだよ?」 「……ん?」 「つまり、僕達が思ってるような仲間じゃないって……ああもう、説明するのも嫌だ。とにかく、この熊が僕の許可なくエッチな事をして来たら、すぐに僕に言うんだよ! いいかい、すぐにだ! そしたらこの熊僕が殺すから!!」 「え、えええ!? 何だよ、何言ってるのか全然意味不明なんですけどぉ!?」  なに、クロウがセクハラしてくるっての?  そんなまさか、クロウは意外と紳士な熊さんなんだぞ。仲間なのにそんな事する訳無いじゃないか。……無いよね。無い、はずだ……よね?  いや、待てよ……良く考えたらクロウは俺の事が好きだって言ってたし、二番目でも良いからオレを愛してとか言ってたし……。  そもそも二番目ってなんだ。  パーティーメンバーに番号なんて必要ないはずだが、どういう事だ。  自分の仲間に加入させて番号を付けるって展開で、思い当たる事と言えば……  まさか、ハーレ…………。  い、いや、まさか。まさかな。  クロウは仲間だ。パーティーメンバーだ。  俺はそのつもりで仲間に入れたいって話をするつもりで、ブラックもそれを解ってくれたんだ。そーだきっとそうに違いない。  違いない、はずだと誰か言ってくれぇ……。 「ツカサ、オレが拭うの手伝ってやる」  クロウさん滅茶苦茶楽しそうですね。なんか鼻息荒いですね。  あの、二番目ってもしかして、やっぱりそう言う事ですか? 「………………」  俺の体を嬉々として拭き始めるクロウに、その問いを投げかけて事をハッキリとさせたかったが、残念ながら起きてすぐの俺の頭はそこまでの負荷を許容する事は出来ず。 「こらっ、僕のツカサ君に気安く触るな! 拭くのは恋人の僕の仕事だ!!」  怒りながら近付いてきたブラックと嬉しそうなクロウに挟まれて、俺はただただオッサン二人に体を拭かれて頭を揺らす事しか出来なかったのだった。 →  
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