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男なら受け入れてやれ
「なるほど、あんまり聞きたくない話だったアルが、ツカサ君の苦労と今後の事への不安はよぉおおぉく分かったアル」
「ご理解頂けてとても嬉しゅうございます」
「私からは選別を贈る事しか出来ないアルが、どうか強く生き」
「師匠ぉおおおお頼むから相談に乗ってぇええええ」
「師匠にツボを返してくる」と二人のオッサンの体拭きから命からがら逃げだして、やっとの事で安全地帯に辿り着いたと言うのに、そんな殺生な。
ていうかブラック一人でも手に負えないのに、その上さらに仲間とか言うレベルじゃない立場でクロウがパーティー加入って俺どうしたらいいの。
こんな事一人じゃ抱えきれないって。
今相談できるのは、俺の事情を察してくれているファラン師匠しかいねーんだよぉ、頼むからアドバイスがあるなら教えてくれよぉおおお。
「師匠ぉおおお」
「つ、ツカサ君ズボン引っ張るのやめるアル! ずれる! ずれるアルぅう!」
「頼みますからぁああああ」
二人っきりのギルド長の部屋から逃げ出そうとする師匠に縋りつきつつ、俺は今できる最大限の情けない顔で温情を買おうとする。
何としてでもこの部屋から早々にお暇する訳には行かなかった。
つーか部屋に戻りたくないんですけど、二人で仲良く俺の体拭いてるオッサン達の顔が物凄く怖かったんで戻りたくないんですけど!!
あの時……二人がベッドの上にあがって来た時に「あっ、これ、こいつらに押し倒されそうだな」って気付いた俺の恐怖がお分かり頂けるだろうか。
今まで仲が悪かった二人が、当たり前のように同時にベッドに乗り上げて来て、鼻息荒く俺に近付いて来るのだ。本能が悲鳴を上げたっておかしくないだろう。
あいつら、完全に協力プレイの形だった。完全に協力してたぞ。
……このまま帰ったら絶対死ぬ。ケツが死ぬ!!
そんな俺の必死の懇願に折れたのか、師匠は仕方がないとでも言うように溜息を吐いた。
「って言うか、そもそもツカサ君はクロウさんをどうするつもりだったアルか」
「いや、まあ……クロウのことは……色々あったし、そのまま別れる事は出来ないなとは思ってましたけど……正直、二番目のオスとか訳解んなくて……」
「まあ、ツカサ君にしてみれば唐突な話過ぎてびっくりしちゃうよネ」
「はい……。ぶっちゃけた話、あんな風にガンガン来られると思ってなかったんで、その……何と言うか……」
そこから何と言ったらいいのか解らず、言葉が詰まってしまい俺は俯いた。
確かに、必要だとは言ったよ。生きていてくれるのなら何でもすると思った。
だけどまさか、あんな風に……ブラックと妙に仲良くなって、二人がかりで色々しようとしてくるなんて思わなかったから、なんていうか、その……。
「でも、ツカサ君はクロウさんの恋愛感情を理解した上で、どうにかしようと思っていたのと違うアルか?」
師匠のその言葉に、俺はハッとした。
目を見開く俺をじっと見て、師匠は柔らかく微苦笑しながら続ける。
「自分の気持ちがちゃんと理解出来ているのなら、例え愛する人が一人増えても、それが恋人なのか大事な人なのかは解るはずアル。……それに、恋の仕方や愛し方なんて人それぞれネ。初めての事態で混乱するのは解るアルが……男として責任を取りたいんだったら、どっしり構えて受け入れてやるのも必要アル。そうすれば、自分がどんな風に相手を思ってるのか、どうしたいのかも判ってくるアルヨ」
「…………師匠……」
俺と同じモテナイ男なのに、師匠の解答は驚くほどにしっかりしていた。
いや、同じ感性の人間だったからこそ、通じ合う所があったのだろうか。
師匠の言葉は、俺に深い衝撃を与えていた。
「これじゃあ、答えにならないアルか?」
その言葉に、俺は激しく首を横に振った。
答えにならないなんてとんでもない。
師匠の回答は、俺の悩みを的確に見通した答えだったんだから。
……ブラックに変な勘違いをされたらどうしようとか、クロウにはどう接するのが一番良いんだろうとか、俺自身本当に仲間としてクロウを引き入れたのかどうか解らなくて怖いって悩みがぐちゃぐちゃになって自分でも理解出来てなかったのに、こんなにちゃんとした言葉を言ってくれるなんて思っても見なかったよ。
もし俺一人で悩んでたら、何日も悶々としてしまっていただろうなあ……。
これだけスパッとやられると俺がバカみたいだけど、でも、これは人に話したからこその事なんだよな。他人の目線からだからこそ、師匠は俺の迷いを見抜いて、良いアドバイスをくれたのだ。
そうだよな。結局、大事なのは自分の気持ちなんだ。
相手がどんな態度で来たとしても、自分が思った事を曲げてはいけない。
なにより人を救うためと思っての必死の誓いだったのだ。
貫き通さなきゃ男が廃る。
俺はクロウに生きていて欲しい。そのためには、どんな事だってやってやると言ったんだ。その言葉でクロウが生きたいと思ったのならば、俺はそれを裏切ってはいけない。クロウの気持ちを、全力で叶えてやらなきゃならないんだ。
勿論その「どんな事」には制約もあるだろうし、恋人とかにはなってやれないが、ブラックにも認めて貰える事なら何でもやってやろうではないか。
そう決心したのなら、仲間だの二番目のオスだので悩むのは馬鹿らしい事だ。
自分で決めた事なんだから、四の五の言ってないで受け入れなきゃな。
「…………そっすね、俺が撒いた種ですもんね。ちゃんと受け入れてやらなきゃ」
「まあ、そこまで深刻に考える必要はないよ。クロウさんだってブラックさんだって、多分今のままのツカサ君に、今のまま接してほしいんだろうし……」
「?」
「とにかく、私達の縁結びをしてくれたツカサ君なら大丈夫アルヨ!」
頑張れ、と改めて俺の肩を叩く師匠に、俺は頷いた。
この先どうなるかは行って見なくちゃ解らないし、始まってしまった事は悔やんでも仕方無い。後悔するよりも、先の事を考えて動かなきゃな。
まあ、身体的な不安はあるが……クロウは紳士だし、まあ、大丈夫だろう。
ブラックも今のところは大人しいしな。
「……って、そう言えば師匠、縁結びって……リリーネさんとはどうなったんです?」
港に戻ってからと言うもの俺はずっとクロウの傍についていたので、あの後師匠とリリーネさんはどうなったのかは全く分からないのだ。
確か、師匠とリリーネさんは二人で警備隊に知らせに行ったり、街の人達に説明したりと色々やってたはずだが……あれから進展があったのだろうか。
そう思って訊いてみると、先ほどまで頼もしい大人の顔をしていた師匠は、一転して顔を物凄くデレッと歪めて俺に顔を寄せて来た。
「え、えへへ、えへへへへ」
「師匠きもい」
「いやぁーそれがねえ、聞いて欲しいアルよツカサ君! じ、実は……実は私達、昨日から付き合う事になったアルヨ~!」
え。
ええ!?
びっくりして鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするが、師匠はデレデレしたままで「いやー」と頭を掻く。ああ、完全にノロケモードだ。
「な、なんか、夜、リリーネちゃんを家に送る時に、リリーネちゃんが私の腕をぎゅ、ぎゅっと、エヘ、へへへ、ぎゅっとしてエヘヘ……」
「師匠! 溶けてる! 顔が溶けてる!!」
何だかよく解らんがアレだな、上手く行ったんだな!?
それは良かったけどノロケられると凄いムカつくんでやめて下さいませんかね!
チクショウ羨ましいんですけど美少女の彼女とか!!
「ハッ、い、いかんいかん。とにかく……これもツカサ君のお蔭ネ。この斬月刀の事やリリーネちゃんの事、そしてクジラ島での事……本当に、ありがとうアル」
「な、なんですか、急に改まって」
「ギルド長としても、お礼をいいたいアル。今回の事は、君達がいなかったら解決しなかったヨ。リリーネちゃんだって、可哀想な事になっていたアル。私も……彼女を救う事なんて、きっと出来なかったネ。だから……ありがとう、ツカサ君」
「師匠……」
見上げた顔は、ブラックとは違う種類だけど、やっぱり情けない顔だ。
だけどその表情は誰かを思うからこそ滲む物なのだなと思って、俺は口を苦笑の形に歪めた。
「俺だって、色々世話になってますから。礼なんて言いっこなしですよ」
「ふふ……。ツカサ君は良い子アルネ。ブラックさんや……ガーランドが君を好きになった気持ちが、私にも解るアル」
そう言って師匠は微笑むと――――
俺の額に、優しく口付けを落とした。
「……師匠?」
「ツカサ君、ちゃんと二人に自分の気持ちを伝えて、安心させてあげるヨロシ。そうしないときっと……二人は、私よりも情けない男になってしまうからネ」
師匠の言葉の意味は俺にはさっぱり解らなかったが、俺は頷いた。
そうだな、気持ちを伝えるって言うのは、大事な事なんだ。
例えそれが相手の思いと違っていても、ぶつけ合わなければ始まらない。
自分の中の痛みも傷も消える事は無い。
愛しいと思う気持ちだって、相手に伝わらないのだ。
それは俺にとっては難しい事かも知れないけど、でも、いつかはきっと。
心の中で憎たらしい中年をほんのちょっとだけ思い出しながら、俺は師匠の言葉にゆっくりと頷いたのだった。
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