はしゃぎすぎ男子とケダモノ二人組

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     それから俺は、二人を引き連れて波打ち際を歩いたり、(いそ)で貝(のような生物)やイソギンチャク(っぽい生物)を発見したりしながら、婆ちゃんの家で遊んでた時と同じように全力で海を楽しんだ。  最初はおっかなびっくりだったブラック達も、童心(どうしん)を取り戻したのか、俺と一緒に海の生き物に興味を持って触れたり、時にはふざけて三人で笑ったりもした。  一緒に遊ぶと仲が良くなるってのはよく聞くが、それにしてもお互いが見ている前で素直に笑うようになるなんて驚きだ。……とは言っても、まだ完全に仲良くなった訳じゃないんだけどな。まあ、相手に対して遠慮が無くなったっていう事ではあるだろう。  特にブラックは、最初の時よりかは少しクロウに気を許したみたいだった。  クロウが無闇やたらに突っかかって来る相手じゃないって解ったからかな?  まあ何でもいいが、仲良くなってくれるのは良い事だ。  そんな二人に俺も嬉しくなりつつ、少し(だいだい)色の混じり始めた空を見上げた。 「もうそろそろ帰るかー。日が暮れると、あの道って危険そうだしな」  ここに来るまでの道って、柵はあるけど片方崖だもんな。ブラックは夜目が効くらしいし、クロウは獣人だしで心配はいらないが、俺は俺自身が心配だ。  海で遊ぶと潮風の効果か二割増しで疲れるし、うっかり足を滑らせかねない。  早めに帰ろうと言うと、二人は素直に頷いてくれた。  うう、なんかこういう所は大人っぽくて嫌だな。さっきまで俺と一緒にキャッキャ言って磯で遊んでたくせに……。  なんだか妙に恥ずかしい気持ちになりながら、俺は磯を歩いて階段へと向かう。  岩場は日が落ちて来たせいか少し冷えていて、夜は肌寒くなるだろうことが予測できた。砂浜でキャンプも楽しそうだなと思ったけど、よく考えたら俺達はテントは持ってないから今は無理だな。  ここで野宿しても良かったなら、藍鉄とかペコリア達も召喚して海を見せてやれたんだが……ロクもまだ眠ったままだし難しいかな。ロクや召喚獣達は陸の生き物だから海は見た事がないはずだし、喜んでくれると思ったんだけどなあ。  特にロクは森のモンスターだから、海って存在すら知らないに違いない。  怖がるかもしれないが、一緒に砂浜で遊びたいんだよー。  でもペコリア達は毛の中に砂が入って大変かも。うーん、難しい所だ。  そんな事を考えながら、岩場をひょいひょいと飛び越え、少し広い岩場の割れ目も飛び越えようとして俺はジャンプした。のだが。 「うおっ!?」  考え事に夢中になり過ぎたせいか、それとも疲労しててジャンプ力が弱っていたのか、俺の足は対岸に届く事なく思いっきり岩場の間に落ちた。 「ツカサ君!!」 「ツカサ!」  ブラック達の声が聞こえたが、時すでに遅し。  俺はどっぽーんと言う思いきりのいい音を立てて、岩の割れ目にあった磯だまりに肩まで浸かってしまったのだった。  ……うん、いや、怪我もないし溺れなかったからいいけど。いいけどさ。  俺すげー格好悪くない? コレ。 「ツカサ君! ああっ、良かった……引き上げるから手を出して」 「お、おう、ごめん。ありがと」 「ツカサ、俺の手もつかめ」  俺に手を差し出してくるブラックの隣で、クロウも俺に手を伸ばす。  どっちかを選べとは言われていないので、俺は素直に二人の手を取った。  そう、平等に二人の手をな。  当然、ブラックとクロウはお互いを見てムッとした顔をしていたが、俺が両方を選んだ理由は大人として理解したらしく、二人とも不機嫌ではあるが喧嘩をしようとはしなかった。これが、少しは仲良くなったって証だったら嬉しいんだが……。  まあ、そこはゆっくりやってくしかないか。  俺は海水を吸って重くなった服に引っ張られつつも、なんとか二人のお蔭で岩場まで上がりきった。あ、ちなみにロクの入ったウェストバッグは防水ですぐに浮くから中身は無事だぜ。本当この鞄をくれたラーミン達には感謝しかない。 「あー……しっかし、ずぶ濡れになっちまった……」  鞄は良いけど、体がなあ……これ、歩いている内に乾けばいいけど……濡れ鼠になったまま街に帰るってのは、ちょっとした羞恥プレイで恥ずかしいぞ。  それだけは勘弁してほしいと思いながら、俺はシャツの裾を掴んでぎゅっと海水を絞る。ボタボタと勢いよく水が落ちて行くが、服の湿り気は変わらない。  つーか、服が体に張り付いてすっごい気持ち悪いぞコレ。  これはブラックに火を()いて貰って少し乾かした方がいいのでは。  そう思い、俺はブラックの方を向いた。が。 「…………アンタら、なんでこっちじっと見てんの」  しかも、視線の位置がなんか違うんですけど。  俺の顔じゃなくて、もうちょっと下って言うか……どこ見てるんだこいつら。  気になって、俺も二人の視線が集中している場所を見下ろしてみると――。 「んなっ!?」  そこにはなんと、濡れて体に張り付きスケスケになった俺の上半身が!  なんてこった、ベタだ! ベタすぎる!  自分の恥ずかしい姿にやっと気付いて再度二人を見やると、ブラックとクロウは分かりやすく手で鼻と口を覆って俺から目を逸らした。  だーもー黙ってりゃ否定できるのに、何でそうあからさまなのかなぁ!  思わずイラッとしたが、それ以上に二人に性的な目で見られていたのだと思うと恥ずかしくなって、俺は二人の頭を軽く手で叩いてツッコミを入れた。 「お、お、お前らベタな展開で興奮してんじゃねーよ!!」 「いや、こういう状況で逆にツカサ君に興奮しない方が失礼だと思わない!?」 「思わねーよ! 男が男に興奮すんな!!」 「この世界じゃ普通の事だって言ってるでしょ!」  頭を叩かれたブラックが四の五の言うが、うるさい俺は異世界人だ。  女子の濡れスケには興奮しても、一般男性が男に興奮するとかありえません。  いや理解出来るとは思うんだけどしたくない。人にはそれぞれ好みの嗜好と言うものがありましてですね!! つーか俺は基本は異性愛者なの!  ブラックを好きだけど、それとこれとは別なの!!  とか思っていたらクロウが俺の服を引っ張ってきた。 「ツカサ」 「なに!」 「鼻血が出てきた」 「昭和かお前は! ってかそれどっかで鼻打ったからだろ!? 布当てなよ!」  ああもう次から次にツッコミどころ沢山用意してきやがって。  これはあれか、俺がこんなフェチ心を(くすぐ)るシャツを着てるからいやらしいと思うのか。だったら脱ぐまでだ。  俺は男らしくベストを捨てシャツを脱いで上半身裸になると、水を吸って重くなったシャツを絞った。オッサン二人はそんな俺の行動にいかにも惜しそうな顔をしていたが、知ったものかと睨み付ける。  とにかく、服を乾かさなきゃな。  靴もズボンも濡れて重くなってるし、このままでは歩くのに支障が出る。 「ブラック、火を起こしてくれないか。乾かさないとこのままじゃ帰れない」 「あ、そ、そうだね」  そこらへんから小さな木を集めて来て、ブラックがフレイムで火をつける。  波に濡れない場所だからいいかと思って、俺はズボンを脱いだ。途端、またオッサン達が「ああっ」とか変な声出したけど、もう構わない。構わないからな俺は。  しかし、俺一人だけパンツ一丁ってのは中々こう……。 「……お前らも海に落ちればよかったのになあ」 「ツカサ君って意外と酷いこと言うよね」 「海に落ちればいいのか?」 「待て待て待て冗談だ。っつーかブラック、お前にはそれ言われたくない」  行動の八割が外道な人間に酷いと(ののし)られるのは、どう考えても理不尽なんですが。まあ俺の八つ当たりも充分酷いので、それ以上は言えないけどね。  しばし焚火を見つめつつ、俺達はただただ服が乾くのを待った。  一応俺もブリーズ《微風を作り出せる気の付加術》で乾かすお手伝いをしてるんだけど、ベランデルンも大地の気があまり多くないのか、いつも以上に風が弱い。  結果、段々と時間が進み、()が沈むにつれ少しずつ寒くなってきて。 「うわ……ちょっと気温が落ちて来たな……」  そうだよなあ、秋口って夕方になると途端に寒くなったりするんだよなぁ……。  ヤバイ、焚火の近くに寄ったら熱いし離れると寒い。丁度いい位置がわからん。  そう思って身を(ちぢ)めていると、不意にブラックが近付いて来て俺の背後に座った。何をするのかと振り返ろうとしたら、そのまま体を持ち上げられて胡坐(あぐら)の上に座らされる。 「うわっ!? ば、バカあんた何やって」 「寒いんでしょ? だったら、乾くまでこうしてようよ」 「だ、だからってこんな……」 「風邪引いちゃったら明日釣り出来なくなるよ? だから……ね?」  そりゃそうですけど。ブラックの言い分も解るし、確かに温かいけど。  でも、アンタ隣を見て下さいよ。クロウが物凄い目で見てるってば。俺達の事「うわ」って顔で見てるってばぁあああ。  あまりにも恥ずかしくて顔を(おお)っていると、クロウがじわりと話しかけて来た。 「…………お前達……本当に付き合ってるんだな」  えっ、そっち。  てっきり、実際見せつけられるとキモイとかそう言う感想だと思ってたのに。  俺の驚きとは正反対に、ブラックは偉ぶったような声で自信満々に返した。 「だから言ったじゃないか、僕達は恋人同士だって」 「あ、あの……クロウ、なんでそう思ったんだ?」  恐る恐る訊くと、クロウは俺達の姿をじっと見て眠そうな目を瞬かせた。 「前なら、この男がそんな事をすると、ツカサは本気で嫌がって殴ってたからな。今は、物凄く恥ずかしいって顔をしてるけど、殴ってない」 「う…………」  確かに、前は人前でこんな事やるとめちゃくちゃ抵抗してたけどさ。  でも、まあ、今回の場合は厚意からの事だし、その……。 「ツカサ君ったら照れてるんだね、可愛いーっ!」 「あぁあああ抱き着くなぁあああ」  今素肌だから! 素肌だからああああ!  背中からぴったりくっついて来る相手から逃れようと必死にもがくが、腕の中に囚われてしまっては最早逃れられようもない。  やっぱり罠だったかと悔しがる俺をしばらく観察していたクロウは、またもやふっと顔を上げるとブラックを見てぽつりと呟いた。 「なら、ますますお前の言い分はワガママだ」 「は? どういう意味?」  (いぶか)しげに聞くブラックに、クロウは目を細めて少し不機嫌そうに返す。 「お前はツカサの心を手に入れた。それは絶対だと言うのなら、何故オレがツカサに触れることを嫌がる? 心はお前のものなのだろう? なら、オレが触れたってツカサは何も思わないはずだ。オレがいくらツカサを妻にしたいと思っていても、ツカサはお前の恋人なのだからな」 「それは……」 「……え…………?」  つま……ツマ……?  ちょっと待って、どういう事? 俺話が見えてないんだけど。 「お前は自分が甘やかして貰えなくなるから、他人がツカサに触れるのが嫌いなんだろう。だがそれなら、オレだってお前が嫌いだ。お前はツカサを独占できる権利を持っている。それなのに、少しの慈悲を貰おうとする相手にすら執拗に攻撃するんだからな。それは男としてワガママが過ぎるのではないのか」 「あ、あのちょっと待ってクロウ」 「なんだ、ツカサ」 「あの……ツマって……」  どういうことですかと相手を凝視すると、クロウは少し空に目を逸らしていたが……やがて、何かを決めたように俺に視線を戻した。  そして。 「やはり、お前は意味も解らずやってたんだな」 「え?」 「ツカサ、お前はオレの耳を触っただろう。アレは、獣人族の掟では“婚姻を望んだ時”にやる行為だ。お互いがつがい(・・・)になると了承した時以外で、耳を触る事は無い。この部分は、オレ達がモンスターと同じでありそれ以上の存在である事の象徴……つまり、獣人族のもっとも重要な部位だからな」  …………なん、ですと。  耳を触ると、婚姻を望むことになる?  いや、いやいやいや、待って。そんなマジのネット小説みたいな展開を。現実でやられましても…………あの、ホント? 本当にそうなの?  信じきれなくて、ブラックと一緒にクロウを二度見すると――相手は、俺の事をじっと見つめながら、答えを言うかのようにはっきりと告げた。 「ツカサ、オレとお前は夫婦になるという行為を受け入れた。お前は知らなかった事だったろうが……オレは、お前の事をずっとそういう目で見て来た。だから、耳を触らせたんだ。初めて出逢った時……オレを助けてくれた時から、オレはお前の事を嫁にしたいと思っていたから」 「ちょ、ちょっと待ってよ。それってツカサ君にしてみればだまし討ちみたいな物じゃないか! そんな婚約は破棄できるだろう!」  慌てたように反論するブラックに、クロウは口を曲げる。 「断る。お前がツカサを独占するつもりなら、オレもツカサを妻にしたい気持ちを優先させる。ツカサは美味しいし、何よりこんなオレ(・・・・・)に優しくしてくれた。二度と同じような存在に出会える気がしない。だから、例えお前の恋人であろうとも……オレは、諦めないぞ」 「……!」  思わず言葉を飲み込んだブラックに、クロウは挑むような目をして睨み付けた。 「獣人族の掟では、なわばりの中ならば、妻が多数の夫を持っていても許される。つまり、ツカサさえ良いと言ってくれれば、オレとツカサの婚姻は成立するんだ。お前に何度邪魔されようが、ツカサがオレを受け入れるまで絶対に負けない」 「このっ……!」 「お、抑えてっ、抑えてってばブラック!」  激昂したブラックを、今度は俺が必死になって抑える。  でっかい図体を抱き着いて留めながら、俺はどうしたものかと眉根を寄せた。  なにこれ。なんでこんな事になってんの。  クロウは、俺とブラックが恋人同士でもいいから妻にしたいって言ってるのか?  獣人族って、そんな横恋慕みたいな事が許されるのか……いや違うな。そう言う事じゃない。縄張りの中って言ってるから、つまり、獣人族は基本的に一夫多妻制みたいな考えって事なんだよな?  だから、クロウにしてみればブラックが俺を独占してるのが許せないんだ。  自分だって好きなのに、独占しているから許せない。  国の掟から考えれば、俺は自分の物でもあるのにって。  だけどブラックは人族だから、一夫一妻の考え方しか知らない。それに、極度の嫉妬魔ときている。だから、クロウが俺に近付くのも、俺がクロウに優しくするのも許せない。恋人だから余計に他の奴に過敏になってしまってるんだ。  ……そうか。二人が険悪なのは、俺を取り合いしてたからだったのか。  今までそりが合わないだけだとばかり思っていたが、そんな真相が在ったとは……そりゃ、俺の緩い考えじゃ二人の仲を取り持てないはずだ。  いや、あの、でも……ちょっと、待って?  俺……今クロウに言われて、初めてクロウが俺のことを「本気で好き」だって知ったんだけど……もしかして、前から何度もアプローチされてた、のかな……?  どっから。洞窟の中で出会った時は普通だったよね。普通じゃ無かったかな。  まさか、あの時からそこそこ言い寄られてたとか……――――  あ、あは、あはは……ま、まさかね?  ………………どうしよう。  マジで懐かれてるだけだと思ってたなんて、い、言えねぇ……。 →   
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