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忘れた頃にやってくる
「そういや俺、この世界の海って見た事ねーな」
ぱっからぱっからと藍鉄で煉瓦敷きの街道を歩きながら、俺はふと呟く。
いや、港町って言えばラッタディアとかにも滞在してたんだけど、実際あの街に居た時は事件ばっかで大変だったし、俺は海を見るよりも獣人のおっぱ……ゴホンゴホン、ええと、色々見る所が有ったので、ラッタディアの湾岸エリアには全く行っていなかった。
どうせなら真夏の国でビーチを満喫したかったなぁと今更な事を思うが、港町にもうすぐ到着するって時に思い出したんだから、俺的にはあんまり惜しくはなかったって事だろうな。
だって俺泳げませんし。泳ぐのも浮き輪いりますし。
周りにマグナだのクロウだのブラックだのという長身美形三人組に居られたら、俺が貧相で泣けてくるから絶対一緒に行きたくなかったし。
どーせ俺はモテませんよ。どーせどーせ。
「ツカサ君なに落ち込んでるの」
「へっへっへ、何でもありませんよ」
「何だかよく解らないけど拗ねないでよー。ラッタディアで海を見れなかったの、そんなに残念だった? でも大丈夫だよ。ベランデルンは近海なら比較的穏やかだって言うし、きっと綺麗な海が見れると思うから」
いい感じに誤解してくれながら説明するブラックに、俺はほうと口をすぼめる。
常秋の国の穏やかな海か。この辺りはまだ南の方だから、そうなると残暑過ぎたくらいの気候になるのかな。なら、足つけるくらいは平気かも。
そういや海の魚も気になるぞ。むむむ、港町は結構見所がありそうだ。
「機嫌治った?」
「まあそれなりに。なあ、どうせなら数日滞在して行こうぜ。お使いはすぐ終わるんだし、往復で六日程度なら、二三日伸びたって別にグローゼルさんも文句は言わないだろ」
「僕は別にいいけど……港町って荒くれ者が多いからなぁ……。今回は酒場とかに寄らないようにしようね。ツカサ君すぐ絡まれそうだし……」
「うーん……まあ、わかった」
どういう意味の「絡む」なのか突っ込んで聞きたかったが、深くは聞くまい。
今回もぐっすり寝ているロクを気遣いながら、俺は藍鉄にもう一頑張りしてくれるように頼んで、前方を見やった。
小麦色の畑や果樹園の間を通り抜ける広く大きな道は、さすが実りの国の街道なだけあって少しも荒々しい所がない。少なくとも、ベランデルンの国内では流通がかなり発達しているのか、大通りを進む間にも、何台もの大型馬車や配達人らしき人達が俺達を追い抜いたり、すれ違ったりしていた。
正直、街道でこんなに人と出会うのは初めてだったりする。
国境の砦らへんでは俺達以外の旅人を見る事が出来たけど、それでも街道を歩く間はほとんど人なんて見かけない。他の国の道は、すれ違えばお互い振り向く程度には、人の往来が少ないのだ。
まあ、いくつも道があるからって理由があるにはあるが、それでも輸送用の馬車なんて出会えばラッキーなレベルなのだ。それを考えると、この国の流通はマジで凄いって解るよな。あんまり勉強得意じゃない俺でも。
しかも、ベランデルンは道が煉瓦で綺麗に舗装されてるんだぜ。
これだけでも、この国が物品の輸送に力を入れてる事が分かるってもんだ。実際藍鉄で歩いてみると本当に揺れが少なくて快適だし、険しい道よりかは藍鉄の足に負担が少ない。まあ、藍鉄は野生のモンスターだから、むしろ舗装された道の方が嫌って可能性もあるけど……でも、毛カバちゃんのヒポカムは喜ぶだろう。
世界の食料庫状態な国だから、食料の輸送なんかに力を入れたんだろうなあ。
やっぱ国が変われば文化や習慣も違うもんなのね。
改めて世界って広いなあと思いつつ、俺は二人分の重さに加えて結構な重量の【斬月刀】を背負っている藍鉄に、具合が悪くないかと声をかけた。
「藍鉄、足痛くないか。大丈夫か?」
「ブルルルルッ」
心配ないよ、と元気に応える藍鉄の首を撫でてやりながら、俺は息を吐いた。
何十回目かの輸送馬車が横を通り過ぎ、後方へと遠ざかるのを耳で聞きながら、俺は遠くに見え始めた煌めく青い色に目を細める。
「あれが……ランティナかな?」
綺麗な道の先に見える街は、海にせり出すような半月状の良港だ。
鮮やかで綺麗な鱗屋根の並ぶその風景は、おとぎ話の中の港町そのものだった。
ベランデルン公国南部の港町、ランティナ。
聞くところによると、この街も結構な歴史があると言う。
かつては他国に小麦などを大量に輸出する為の港で、一時期は港に入りきらない程の船が集まっていたらしい。だが、街道が整備され争馬種という早馬が一般的になった事で、ランティナは衰退し、今では静かな港町になってしまった。
今は他国へ向かう定期船の発着地としての顔が強く、勢いは衰えたものの、その代わりに穏やかな田舎の港町として人々に親しまれていると言う。
ああでも、俺が想像する「穏やか」とはちょっと違うらしいんだけどな。
その理由は、ブラックが教えてくれた。
「港町にはね、海の冒険者がいるんだよ。あいつらは大陸を中心に活動する冒険者と違って、荒くれ者でねえ……。だから、海賊なんて言われてたりするんだ」
海賊って、あの海賊ですか。
俺の世界では良い海賊が活躍する漫画がありますけど、この世界の場合そう言うんじゃないよね。って言うか、ブラックの説明からすると、陸の冒険者からしたら相当乱暴な人達って事なんですよね……?
じゃあ、やっぱ悪い人なのかな……。
「か、海賊って……略奪とか、街を襲ったりとか……」
宝を奪ったり骸骨を飾ったり街中の人を殺してリアル血祭とか開催しちゃう?
などとビクビクしながら隣で歩いているブラックを見上げると、相手は気楽そうにアハハと笑って頬を掻いた。
「まあ、中にはそんな悪人もいるかもしれないけど……基本的には、彼らも冒険者だからね。乱暴だったり粗野だったりはするが、道理の解らない奴らじゃないよ」
「そ、そっか……良かった……」
「彼らはね、海に存在する空白の国を探しているんだけど……海上って何も道標がないだろう? 何日も船の中で青い水平線を見ているしかないし、嵐もあるし……そんな世界で生きていると、みんな荒くれ者になるらしくてね。……それを考えると、船乗りなんかになるもんじゃないよなあと僕は思うんだけど」
「狭い空間で何日も物探しか……まあそりゃ……色々ありそうだもんなぁ……」
俺の世界の海賊は「生まれついての荒くれ者」って感じだけど、この世界では「求める物」のせいで荒くれ者になってしまうらしい。
しかし、空白の国ってのは「どこの国の歴史にも存在しない過去の遺跡」の総称だけど……海にも有ったんだな。アトランティスみたいなもんなんだろうか。
だとしたら、海に出たいと思った海賊達の気持ちもわかる気がする。
陸の遺跡も良いけど、海上や海底の遺跡もまた違ったロマンがあるもんなー。
船乗りになりたかったからって人も居るんだろうし、そこを考えると海賊になっちゃう冒険者が居るのも頷ける話だよなあ。
一人で納得しながらウンウンと頷く俺に構わず、ブラックは肩を竦めた。
「ま、海賊にはあまり近寄らない方が良いよ。彼らは僕達と所属が違うし、陸と海のギルドで対立も有ったりするから……無暗に話しかけるのはちょっと危険だ」
「えっ、冒険者ギルドの他にもギルドがあるのか?」
「うん。と言っても、商人ギルドと職人ギルド、それに件の海賊ギルドの三つだけだけどね。でも、前者二つは仕事の斡旋と支援だけで、冒険者ギルドみたいに探検や探索なんかの依頼は無いよ。まあ、互助会みたいなもんだ」
ごじょかいも俺には解らないんですけど、ようするに助け合いクラブって事?
仕事を紹介してくれたり依頼の仲介とかしてくれるのかな。そういや、俺は直接お店に自家製の薬とかを引き取って貰ってたけど、ホントはギルドで承認とか得た方が良かったのかな。まあ、薬屋の人は全員「鑑定」が使える目利きさんらしいし、冒険者の持ち物なんだから、そんなに厳しくは無いんだろうけど……。
うーむ、今は手持ちの薬を売る気はないが、今度は聞いてみた方が良いかもな。異世界って言っても結構ガチガチで自由ではないよなあ、こういう所。
折角の綺麗な港町なんだし、堅苦しい事にはあんまり近付きたくないものだ。
そう思って、俺は改めて周囲を見回した。
「いやー、しかし、本当綺麗な街だなあココ」
さすがは昔隆盛を誇った街だけはある。
白い石畳の街には青みがかった壁の家が並んでいて、淡くカラフルな屋根が目に煩くない程度に彩りを添えている。輸送を重視して作られた街なのか、どこも道幅は広く、そのお蔭で周囲が見渡せて真正面には青い海が広がる港が鎮座していた。
おお、これぞ爽やかで美しい外国の港町。
「潮の香りも久しぶりだなー」
「ツカサ君、海のある場所に住んでたの?」
「ん? いや、婆ちゃんの家に行った時によく行ったなぁって」
「……? おばあさんの家?」
「うん。婆ちゃんの家は山の集落だったんだけど、そっから降りるとすぐに海岸があったんだ。だから、婆ちゃんの家に行ったら夏は必ず泳ぎに行ってたなあって」
まあ、本当は泳いでませんし、磯で貝とか採ったり浮き輪でぱちゃぱちゃしてただけですが。いいじゃん見栄を張ったって。
しょうもない嘘を交えながらブラックに話したが、しかし、相手はイマイチ俺の言う事が理解出来ていないのか不思議そうに首を傾げる。
「ツカサ君は家族と別の所に住んでたの?」
「あ、そっか……えーっと、俺の世界では人が集まる街とかに移住するのが普通で、元々の家に帰るのも別に苦にならないくらい交通が発達してるから、婆ちゃんとか爺ちゃんは田舎が一番ってことで元々の家に住んだままだったりするんだ」
俺の解釈も少し違うかもしれないが、少なくとも俺の家庭はそういう感じだ。
そういやブラックは「家族」って言っても、見かけだけの存在しかいなかったんだよな。……うぅ、今更だけどこの話しなきゃよかった。
自分の迂闊さに恥じ入りながら相手を見るが、ブラックは全く動じずになるほどと言った様子でフムフムと頷いていた。よ、良かった……。
「へー。僕てっきりツカサ君は一人暮らししてるもんだと思ってたよ」
「そっか、そう言う意味にもとれるな……。まあ、この世界とは常識が違うからなあ。中には、婆ちゃんとかも一緒に連れて全員で都会に出る人もいるけどね」
って今更だけど、この話地雷だったね。
ブラックは平然としてるけど……それほどまでに家族っていう存在の意味が解らないって事なんだろうか。それとも、傷付いてるけど耐えてるって事なのかな。あぁあ前者でも後者でも申し訳ないぃ……。
「しかし、みんなよく血が繋がっただけの人間とずっと一緒に居られるもんだね。嫌でも一緒に居なきゃいけないんだろう? そんなの僕は耐えられないなあ」
「あー……そういう考え方か……」
ヤダ申し訳なく思った自分がちょっと過剰だった感じじゃないのよコレ。
そう言えばこいつ、最近は丸くなってきたけど元は外道おじさんでしたね。
まあ過去の事を考えたらしょうがないけどさ……ブラックには、血族もただの「繋がり」って程度なのか。いや、傷付いてないのならそれで良いけど……。
でも、冷めた考えばっかりだとなんか寂しい。一応俺達は仲間でもあるんだし、それは家族って言えないのかな。血の繋がりが無くても家族に成れるんだし……。
恋人って、家族ではないんだろうか。
……そもそも……家族ってどうやってなるんだ?
うーん? 考えた事も無かったな……。
でも家族か……別に恋人だからってんじゃないけど、そのくらい信頼してて貰えたら嬉しくはあるんだけど……って何考えてんだ俺は。
「ツカサ君顔赤いけどどうしたの」
「な、なんでもないっ!! と、とにかく先にお使いを済ませちまおうぜ。冒険者ギルドを探さなくっちゃな」
「冒険者ギルドは多分街の中心らへんにあると思うけど……おや?」
遠くを眺めてギルドのありかを探していたブラックが、妙な声を出す。
何かを見つけたんだろうかと俺も今一度前方のはるか遠くを見ると……なにやら建物の前に人だかりが出来ているのが見えた。
耳を澄ませるとドヤドヤと騒ぎ声が聞こえてくる。
厄介事なら、近くを通らない方が良いかなあと思っていたんだけども。
「ツカサ君……あそこが冒険者ギルドだよ……」
「…………あー……」
それはそれは……なんかもう、運命感じますね。
しかしタイミングが良いからと言って、それに俺達が付き合う義理は無いぞ。
関わらなくて良いのなら、それに越したことはない。
嫌だぞ。ここにきてまた事件に巻き込まれるのは絶対に嫌だからな!!
「ブラック、ちょっと他の場所を散歩してからギルドに行こうか」
「……そうだね。今回はゆっくりしたいもんね……」
ブラックも俺と同じ気持ちだったのか、深く頷く。思えば街に着いたらほとんどの場合が事件に関わっちゃってたもんな。
俺も今回は流石にゆっくりしたい……せっかくの静かで《この世界では比較的》穏やかな港町なんだから、なんの憂いも無くはしゃいだっていいじゃないか。
もー今回は首を突っ込まない。突っ込まないぞ。
と、思ったのだが。
「おい誰か、ファランさん呼んでくれー!」
「無理だって、あの人武器が無きゃからっきしなんだから!!」
「中から引き摺ってこいよ、武器がなくたって勢いでどうにかなるかもだろ!」
「それが実現してりゃ苦労はねーよ!」
ああ、なんか聞こえる。
喧騒に混じってものすっごい俺達に語りかけてくるような声が聞こえる。
ちくしょう、結局こうなるのか。
「ツカサくーん……」
「うぐぅう……い、行くぞ!!」
部外者でいたいけど、そんな訳にも行きませんよねー!
ああもう、本当どうしてこうなるのか。
運命の厳しさに嘆きながらも、俺とブラックは人だかりの出来ている方へと走り出した。声が大きくなる。その中にはなにやら打撃の音や歓声が混じっていて、人の壁の中心では争いが起こっている事を確信させた。
チクショー、いくら荒くれ者がいる街だからって、人が用事あるって場所で喧嘩してんじゃねーよぉ! とにかく、どうにかしてファランさんに武器を渡してこの場を収めて貰わなくちゃ……でも、どんな奴が喧嘩してるんだろう。
やっぱ港町だから屈強なムキムキマッチョのお兄さん達か。大穴で金髪巻き毛の碧眼海賊女王とかじゃねーかなー。そうだといいんだけどなー。
絶対に違うだろうなぁと思いつつ、人ごみをかき分けて先頭へと体を捻じ込む。円状のリングと化した場所をやっと見られた、と思った瞬間。
どごっ、と鈍く強い音がして――――目の前で、大きな何かが浮いた。
「え……」
一瞬認識できなかったが、天高く飛んだ物体を見て、俺はやっとそれが「大柄な男」だと理解した。だけど、大柄な男が、二メートル以上吹っ飛ぶなんて、何が。
その場の全員が空を見上げて、ぽかんと口を開ける。
「ぁああぁあああ」
間抜けな叫び声が聞こえてその巨体が地上に近付いて来る。
あんな物を受け止められる体力のある奴なんて、どこにもいない。その結果打ち上げられた巨体は、物凄い音を立てて漫画みたいに地上に激突してしまった。
だ、大丈夫かな。どこも折れてない?
喧嘩してる原因は解らないけど、とりあえず心配だ。ギャグ漫画なら地面にめり込もうがどうしようが平気だけど、ここ現実ですからね。
しかし、こんな横も縦もでっかい男を投げ飛ばした奴ってのはどんな奴なんだ。
俺はその事に初めて思い至り、男が投げ飛ばされてきた方向へと顔を向けて――――思いっきり、目を剥いた。
「あっ……あん、た……」
数人の下っ端海賊風の男達を周りに討ち散らして、たった一人、円状のリングに立つ男。ブラックに負けない程の長身で、浅黒い肌をしたその相手は、紫がかった黒に近い青髪をポニーテールのように縛っていた。
頭をバンダナで隠そうが服がなんかアラビア風になってようが、どうでもいい。その勝利者の正体を知っていた俺には、「アンタ」以上の言葉が継げなかった。
あんまりにも、驚き過ぎて。
「……ん? お前……ツカサか?」
相手が、無表情な顔と声でじっとこっちを見つめて来る。
「…………この熊男……何でこんな所に…………」
ブラックが、忌々しげに言葉を吐きだす。
そう。そうなのだ。
数十人もの海の荒くれ者をぶっ倒していたのは……
ラッタディアで別れた、熊の獣人族。
あの、クロウクルワッハだったのである。
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