第参柄【澪標】

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第参柄【澪標】

そのとき どう動く         相田みつを  「終わったよー!完璧!ちゃんとご要望通りにしておいたからねー!感謝してよね!一気にこんなに作ること無いから疲れちゃったよ!ああ、御礼は後で貰うから!遠慮はいらないよ!」  磐梯は、頼まれていた刀が打ち終わったため、蛍達が集まっている由来志渡の家と思われる場所にいた。  重たい刀をここまで運んでくるために、背中に背負って身体に縄をぐるぐる巻きにし、落とさないようにしてきた。  途中でぜーぜー言いながら、もうこの重たい刀を道端に置いていってしまおうかとも思ったようなのだが、届けないと届けないで五月蠅く言われるだろうと思い、必死の思いでこうして持ってきたのだと胸を張って言っていた。  「上出来じゃねえか」  「もっと早く出来るかと思ってたけど、邂被りすぎだったかな?でもまあ、前より良い品なのは確かだね」  「ちっ。無様なもん作ってたら、俺様がぶった斬ってやったってのに」  「・・・・・・」  「んー、綺麗な刃だねー」  「もっと褒めてもっと褒めて!俺、褒められて伸びるタイプだから!もっともっと俺を崇め奉ってもいいんだからね!!」  次々に刀を手にしてそれぞれ思ったことを口に出して言うと、磐梯は両手を広げて嬉しそうにくるくる回っていた。  誰が止めるわけでもなく、何か言葉をかけるということもないまま、そのうち磐梯は自ら腕を下げる。  誰一人として磐梯に面と向かって労いの言葉を投げかけることはなかったが、自分の作った刀が褒められたことに満足した。  「じゃあ、そろそろ行きましょう」  「ネズミ狩りだな」  新しい刀を腰に収めると、蛍、霙、食満、破魔矢、千波の5人と、土居と由来志渡の2人はそれぞれ別の場所へと向かった。  その場に残された磐梯は、残った一本を自分の腰へ持っていく。  「おい、段次郎てめぇ1人で何処行くんだよ」  「俺は俺で動く」  「ああ!?」  「まあいいんじゃないかな。じゃあ、俺と矜持で動こうか。周りから囲むのは得策かもしれないしね」  蛍の単独行動を筆頭に、霙と破魔矢が2人で行動し、残った食満と千波が一緒に行動することになった。  蛍の勝手な行動は今に始まったことではないが、何を考えているか分からないところもまた気にくわないのか、食満は苛々した様子で何度も舌打ちをしていた。  「食満さん、それ、止めてくださいません?気が散ります」  「悪かったなぁ。けど、もとはと言えばあの野郎が・・・!!」  「食満さん、愚痴は後にしてください」  「わーってら」  何かに気付いた2人は、互いの背を合わせるようにして辺りを見渡してみる。  相手も息を潜めているのか、忍を生業としている千波でさえ、相手が何処似るのかすぐには見つけられなかった。  ガサ、と音がして武器を構えると、反対方向からも音がしたため、それらにも顔を向けると、そこにはお面を被った人物がいた。  「どういうこと・・・!?」  「まじかよ」  出て来た人物は2人とも、同じ格好をしていた。  紺の頭巾を頭に被り、紺の忍装束のようにも見えるが少し異なっていた。  上の部分は着物の袖を短くしたようなもので、腕の形がある程度分かる紺の長袖を着用し、胸元には包帯が巻いてある。  下も紺で、もんぺのようなものを穿いており、紺の包帯なのだろうか、それを膝下あたりからぐるぐるに巻いてあって足袋を履いている。  一番奇怪なのはついているお面で、鼻から下は丸見え状態だ。  目元は開いているため見えているのだろうが、そこには変な模様が描かれている。  「おい千波、こりゃあ・・・」  「ええ。例のネズミ小僧ね。2人同時に現れたってことは・・・そういうことでしょうね。蛍さんの読みが当たってた・・・」  「ふざけやがってよお・・・!!ネズミなんざ汚ェところにしがみ付いてるただのゴミだろうがああ!!!」  「見苦しいですよ」  「ああ!?」  目の前のお面の男が喋ったことで、食満は一瞬呆気にとられた。  男は自らの腰にさしてあった刀を抜くと、月の光にその刃を照らしながら、刃先を食満に向けると、さらにこう続ける。  「あなたは私に勝てません。感情に流されるような者は、刀を持つべきではありません」  「生意気だなぁ・・・!!ぶっ殺してやるよお!!!」  千波は千波で、自分の前に立っている男と向かいあっていたのだが、いつまで経っても何も喋らない千波に、男はおろおろしていた。  「え?なに?怖いよ。なんでそんなに無表情なの?女の子ってにこにこしてるものだと思ってたけど、それは間違いだった!なんで俺のことそんな目で見るの?本当に怖い!心が見えない!」  「・・・よく喋るのね。もてないでしょ」  「もてないって、何をもてないの?」  「・・・・・・なんでもないわ。会話が成り立たない」  「怖いよぉ。俺のこと超狙ってるもん。前も狙ってきたもん」  その男の言葉で、千波は目の前にいる男が、以前自分が狙った男なのだと分かった。  とはいえ、あの時は不意打ちだったこともあり、男の強さがどれほどのものかは全くわからないが、正直、自分より強くはなさそうだと思っていた。  少なくとも、この時は。  「男のくせに、随分な甘ったれね。私がその根性ったき直してあげるわ」  その頃、霙と破魔矢たちのもとにも、同じ格好をした人物が姿を見せていた。  「あーあ。なんか先手取られたって感じがして嫌だなぁ。そう思わない?」  「そうかぁ?俺はこういう馬鹿げた奴らをぶっ潰すのが大好きだぜ?」  「やんなっちゃうなぁ。まあ、俺が負けるはずないし、新しい刀の威力も確かめたかったところだし、丁度良いってことにしようかな」  まずは霙が一瞬で間合に入りこむと、仮面をつけた男も刀を抜き、耳を貫くような高い音が跳ねる。  数回刀同士を合わせたところで、霙は楽しそうに笑いながらこう言った。  「違うなぁ。俺が今まで襲った奴じゃないね。誰かな?ねえ、名乗るっていうのは大事な武士道だと思うんだけど、どうかな?俺も名乗るから君も名乗ってくれないかな?」  「・・・・・・」  「もしかしてずっと黙ってる心算かな?それなら、断末魔の叫びでも聞かせてもらうしかないのかな。ほんと残念だよ」  「・・・胡散臭ェ笑い方しやがるな、てめぇは」  喋らないのかと思っていたお面の男のうち1人が、先程から笑みを見せている霙に向かって、ぼそりと呟いた。  その声を聞くと、霙の予想は確信に変わる。  「やっぱり違うね。君からはなんかこう・・・哀れなほど努力しないと強くなれないっていう空気を感じたかな」  「言ってろ。決着がつくまでは、なんとでも言えらぁな」  「面白そう!俺がじっくり殺してあげるから、お互い、悔いが残らないようにしよう」  霙と男がやりとりをしている間、破魔矢はもう1人のお面の男と向き合っていた。  「なんだお前。ふざけた仮面だなぁ。趣味が悪い。つか誰?」  「ふざけた仮面とか言うな!俺はお洒落だと思ってるからな!気に入ってるから!趣味も良いと思ってるから!俺に名乗らせる前に、まずは自分から名乗りなさいって、教わらなかったのか!!!」  「そうだな。悪かった。俺は破魔矢矜時だ。で、お前は?」  「知らない人には教えるなって言われたから言わない」  「おい!どういうことだよ!てめぇが名乗れって言ったんじゃねぇか!なんで俺が拒否られなきゅいけねぇんだよ!?」  「だって、なんか髭生えてる人ってみんな怖いから。俺嫌だよ。おっちゃんたちみたいに怖い人はもう嫌だよ。なんで髭生えてるの?藻みたい。それ藻なの?水あげて育ててるの?」  「・・・なんかわかんねぇけどムカつくな。まずこれは藻じゃねえからな。俺はまだおっちゃんって言われるような歳でもねえ。それから髭生えてる人間がみんな怖いと思うなよ。むしろ優しいからな」  「嘘だよ。信じない。だって俺に刀向けてるもん」  「そりゃ敵だからな」  破魔矢が男に襲いかかると、男は破魔矢に背を向けて走り出した。  敵に背を向けるなんて馬鹿なのかと思っていた破魔矢だが、正面の大きな幹に突進していった男は、そのまま幹を踏みつけて行き、地面に対して直角に移動した。  ならば幹ごと斬ってしまえと、破魔矢が刀を横にすばやく動かしたときには、すでに男は幹を蹴飛ばして宙におり、その状態で腰から刀を抜くと破魔矢の背後に下り立った。  破魔矢は目だけを動かすと、刀を後ろにいる男の顔のスレスレで止める。  「やるな、お前。馬鹿なフリしてただけか」  「フリじゃない。頭を使うのは苦手だ」  「俺もだ。なら、互いに身体張らねえとな」  「颪田、ここは任せたぞ」  「え、1人?」  「なんとかしろ。俺は聞きたいことがあるから先に行く」  「わー。まさかの展開だ」  1人取り残されてしまったお面を被った颪田の横を、お面は被っているものの、いつもの亀甲花菱柄の着物に橙の羽織を羽織っている男は、颯爽と通り過ぎていく。  颪田の前には土居と由来志渡が並んでいるのだが、その2人は任せるということだった。  さすがに2人相手は大変というよりも面倒臭いと思っていた颪田だったが、さっさと行ってしまうもう1人の男は、ふと踵を返す。  「大丈夫じゃ。1人は刀を碌に持ったことがないど素人で、もう1人も剣術など習っておらんだろう。なんとかしろ」  「結局なんとかしろね。はいはい」  男の言葉を聞き、多少は安心した。  以前戦った男と同等、もしくはそれ以上が相手だとしたら無理だぞ、と颪田は内心で焦っていたのだから。  すると、土居がこう話し出した。  「君も一緒に新しい世界に行かない?」  「は?」  いきなりの事に、颪田は思わずぽかんと口を開けてしまう。  「確かに、俺も太助も・・・あ、太助ってこいつの名前ね。俺達は確かに剣術なんて習ったことはないよ。他のみんなと比べたら弱いかもしれない。けどね、俺は予知者として、人間を正しい道に導くことが出来るんだ。きっと君も俺達と一緒に新しい世界の扉を開けるはずだよ」  「???何言ってんの」  「そうだね。いきなりは分からないよね。でもこれは事実だよ。太助の研究は進んだ。そして、もう少しで見つけられるんだ。パラレルワールドへ繋がる扉を!!!」  「パラ・・・?」  わけのわからない話についていけず、颪田は手に持っている刀をどうすればいいのかわからなくなってしまう。  戦う気が無いのかと思っていると、長い銀髪の男が刀を抜いた。  「太助、人間は素敵だね。美しいね。これから滅びゆくと分かっていても、生きなければいけない。そのために必死だよ」  「予知者の夢はそろそろ覚める?じゃないと、あの方に乗っ取られますよ」  「???」  意味のわからない言葉の羅列が続く中、ようやく土居も刀を持ったところで、颪田は構える。  由来志渡が肘でちょんちょんと土居に何かを訴えると、土居はキョトンとしたあと、同じように刀を抜いて構える。  「得意じゃないけど、弱そうだし、2人ならなんとかなりそう」  「油断はするべきじゃありません」  颪田に向かってくる2人に対し、颪田は一方を足で、もう一方を刀を持っていない腕で止めると、2人の太ももに一直線に横一文字を描く。  つう、とそこから垂れてくる血を眺めながら、土居はふふ、と笑いだし、それが徐々に大きくなっていく。  何事かと颪田は口をぽかんと開けていると、由来志渡が刀の峰の方を肩でぽんぽんと叩きながら、呆れたように見つめる。  土居は自分から流れ出るソレを掌でべっとりと掬い取ると、自分の顔に塗りたくってから口元へもっていき、目を閉じて鼻先でじっくりと匂いを嗅ぐ。  「狂気の沙汰だな」  自然と零れ出たその颪田の言葉に、由来志渡は頷いて同意を示す。  「生きてるなぁ。こんなに生きてる実感があるなんて、今日はとっても素敵な日だ。今まで沢山傷つけてきたけど、自分1人で確認するよりも、こうして他人にやられた方が、その人にも認識されたみたいで嬉しいなぁ」  そう言いながら、土居は刀を地面に突き刺し、血がついている手のまま腕まくりをしてみせる。  すると、そこから見えたのは、普段外にはあまり出ないのだろうが、同じように家に籠って仕事をしている颪田よりも白い肌と、そこにはっきりと残っている無数の自傷痕。  何かで切ったような幾重にも重なる線が、手首を中心に腕全体に残っている。  その傷痕周りは青紫で覆われ、つい最近も行為をしたのであろう、真新しい、表現は異常になってしまうかもしれないが、綺麗に残っているひときわ目立つ線もある。  土居はその自らを傷つけた痕を眺めたあと、自分の鼻先にくっつけて、先程のようにクンクンと匂いを嗅いだかと思うと、地面に刺しっぱなしにしていた刀を引きぬいた。  「!!!」  油断していたわけではないが、土居の動きがいきなり良くなった。  颪田はなんとか避けることが出来たが、頬につう、と鋭い痛みが走り、そこからは土居が好きそうな真っ赤な液体が流れ出る。  それを見て、颪田は刀の刃先を自分の頬に軽く当てながら微笑む。  「綺麗だね。この世で一番好きな色なんだ。君は色白だから映えるねぇ」  「褒められてるのか貶されてるのか知らないけど、お前にだけは敗けたくない」  いつもは眠そうにしている颪田の目が、鋭く光る。  「ゾクゾクするねー。こうしてちゃんと俺のこと見てくれる人、すごく久しぶりだよ。あれ?初めてかな?ま、どっちでもいいか。似た者同士、切磋琢磨しようね」  「あーあ。みんなどっか行っちゃったし。ここで待機するように言われたし、つまらないなー。暇だなー。それにしても、あんまり俺の趣味じゃないな、このキラキラしたやつ」  「そうか。ならなんでネズミのせいにしてまで盗みだしたのか、何を企んでいるのか、全部きっちり説明せい」  「あれ?気付かなかった!いつの間に」  磐梯が1人で留守番をしていると、全くしなかった気配の中、背後から頬の横に刀をあてがわれる。  目の前にある、透明の箱に入った光輝くソレを見つめながら、問いかけて来たその男の声に対して、磐梯はいつもの調子で答える。  「俺はただの刀鍛冶。求めてる答えを持っているとは限らないよ?」  「知ってる範囲で構わん。答えろ」  「んー・・・そうだなぁ。どうしようかなぁ。下手なこと言っちゃうと、俺がどうにかされちゃうかもしれないし。困ったなぁ。どうしよう。ねえ、どうしたらいいと思う?」  言葉を言い終わるが早いか、磐梯は腰に下げていた刀を抜きながら瞬時に身体を回転させると、その遠心力のままに男に斬りかかる。  後ろに退いて磐梯から距離を取った男の顔には、奇妙な面をつけていた。  「あれ?見たことあるような、無いような?あれ?なんで避けられたんだろう?おかしいな。避けられたことなんて久しぶりだから、どう言えばいいんだろう、この感情」  首を傾げながら次々に言葉を発する磐梯だったが、同時に、刀を抜いたときに一緒に斬ってしまったのだろう透明の箱の一部が、三角錐の形で床に落ちていた。  しかし、そんなことには目もくれず、磐梯はブンブンと肩ごと刀をぐるぐると回しながら、「調子戻らないなぁ」と言っていた。  その様子を見ていた男がまた尋ねる。  「一度はネズミを捕えようとした。しかしまたネズミを殺そうとしている。どういうわけじゃ」  「んー。それは俺が決めたことじゃないからなんとも言えない!けどまあ、教えてあげてもいいよ!俺達が何でこんなことをしてるのか。本当は口止めされてるんだけど、折角自分から首を差し出しに来てくれてるのに、冥土の土産も無しじゃあ、閻魔様に舌抜かれちゃうかもしれないしね!」  無邪気に笑いながらそう言う磐梯に対し、男はただ黙って聞く。  「これはね、新しい世界を作る為なんだよ」  「新しい世界?じゃと?」  呪いの宝石には、持ち主が亡くなるという噂以外に、もう1つの噂があった。  それは、別の世界へ誘うというものだった。  磐梯たちはそれを“パラレルワールド”と呼んでいるらしく、今いる世界と似たような世界が何処かに存在していて、そこにはもう1人の自分がいるという。  1つの世界に同じ人間が存在出来るのかという問題はこの際良いとして、そもそもそんなものが本当に存在するのかなど、誰にも分からなかったし、分かろうともしなかった。  「最初から無いと決めつけて、寂しいね」  呪いの宝石を持った者の中には、ある日忽然とこの世から姿を消した者もいるという。  実はその者達は、その宝石によって異世界へ連れて行かれてしまい、今もそこで生活をしているというのだ。  「政府がそのことについて、極秘に調べていたことも知っていたし、というか、俺達の仲間に元政府の人間がいてね。機密書類を持ち出してもらったんだ。でも捕まったら元も子もないってことで、ネズミのせいにしただけなんだよね」  そんなものは存在しないと公表しておきながらも、政府は裏で調査を進めており、その可能性が零では無いことを認識していた。  その調査の過程で異次元の扉を開くのではないかと疑われたのが、あの宝石だった。  しかし、手にした者はみな死ぬということを恐れて、政府はなかなか手を出せずにいたのだが、磐梯たちは違った。  「新しい世界に行くためなら、なんだってするし、ある程度の犠牲だった払う必要がある。でしょ?」  事実、金で雇って宝石を盗ませた者は、酒に酔った男に殴られて死んでしまった。  今となっては、その死んだ者が男だったのか女だったのか、子供だったのか老人だったのかさえ、覚えていないのだが。  パラレルワールドに関する書類から宝石を調べ始め、またそれと同時に、現実世界を壊す為の準備も始めた。  それは、人為的に地震や津波を起こすというものだった。  その研究も政府は極秘に行っていたため、宝石の研究を最優先にしながらも、自然災害を味方にする方法も同時進行で調べていた。  「ちまちま殺すより、そっちの方が手間が省けるからね!」  悪びれた様子もなく、磐梯は笑って言う。  「そういえば、宝石を持ってる人が消えるってだけじゃなくて、それ以外のパラレルワールドの扉があるって言われてる場所があったなぁ。確か、どこかの洞窟だったかな?まあ、真偽の程は確かじゃないしね」  ネズミ小僧を利用したのは、ただ誰もがその名を知っていたからだそうだ。  そもそもただの盗人であるため、罪を着せるのは簡単だったと言う。  明るく笑っている磐梯は、口を動かしながら刀を振りまわす。  磐梯が男に背を向けた時、磐梯は自分の背中から聞こえてくるキイン、という高めの音に顔を向けると、そこには、2人の男がいた。  1人は先程からいる知らない男なのだが、もう1人は磐梯も知っていた。  「あれ?俺だけじゃなかったんだ。留守番」  一旦2人は離れると、お面をつけていた男を見て、今来たばかりの男がほくそ笑む。  「良い刀だ。お前を殺せばその刀、私が使ってやろう」  「お前には使いこなせん」  「声、動き、肌から察するに、私より随分年上とみた。年寄りは年寄りらしく、ひっそり息を潜めて生きることだ。そんな良い刀を使うなんて、生意気だ」  「お前のような小僧にはもったいない刀じゃ。それに、礼儀もなっておらんようじゃしのう」  「これは申し遅れた。私は鵜来。鵜来杪嗣(うごいびょうじ)と申します。して、お前は誰だ」  鵜来と名乗った男は、白く長い髪を後ろで1つにまとめており、橙の矢絣柄の着物に真っ黒な無地の羽織。  前髪は目にかかっており、邪魔そうだ。  鵜来が一応はちゃんと名乗ると、男はお面を外してそれを胸元にしまう。  見覚えのない顔が出て来たため、鵜来も磐梯も誰だろうと考えていると、男は刀を鞘にしまいながら口を開く。  「俺は厳名茂吉。お前らのような奴が大嫌いなただの老人じゃ」  「おらおら!!逃げてんじゃねえぞ!」  「逃げてねぇし!避けてるだけだから!」  破魔矢の攻撃を避けている男だったが、避けきれずに腹を斬られてしまった。  「・・・!!」  「ははっ!もう終わりか?体力ねぇな!」  「むきー!多分馬鹿にされた!!」  腹から出る血を押さえながら刀を振る男だが、腹に力を入れられないため力むことが出来ず、どうしても刀の威力が弱まってしまう。  それに、気配を消して近づこうとしても、腹から滴るそれの匂いや動きのせいで、破魔矢に居場所を突きとめられてしまう。  思っていたよりも腹の傷は深くて、男は息が徐々にあがっていくのが分かる。  「お?」  破魔矢が止めを刺そうとしたとき、男は急に背中を向けて走り出した。  ガサガサと、もはや足元もおぼつかないのか、音を消そうとすることもなく逃げていく背中を、破魔矢はそれほど急ぐことなく追って行く。  「おーい、どこまで逃げる心算だ?その傷だ、早く止めさしてやっから、大人しく出てこいよ」  しばらく歩くと、音が消えてしまった。  気配を消して不意打ちを狙っているのだろうと、破魔矢は神経を張り巡らせる。  すると、ぽた、と何かが近くの葉っぱに滴り落ちたことに気付いた。  破魔矢は素早く身体を回転させると、その音がする場所を目掛けて刀を振りかぶったのだが、ぴた、と動きを止める。  なぜなら、その滴り落ちて来たものは、人間の身体から直接落ちて来たものではなく、血をしみこませた布から滴り落ちているものだったからだ。  「ちっ!!」  何処に潜んでいるのかと辺りを一周見渡すと、先程血が垂れてきていた木から、何かが自分に向かってくるのが見えた。  「甘ェ!!!」  破魔矢は下から身体を真っ二つにする心算で振りあげると、思わず目を丸くする。  人間だと思っていたそれは、しなやかに曲げられていた木の枝の部分で、しかもその枝の先には男が頭に付けていた頭巾が被され、まるで人間が逆さで襲ってきたかのように見えたのだ。  しかし、遠心力と自らの力を頼りに振りあげてしまった刀を急に止めることが出来ずにいると、視界の右端から現れた男に気付くことは出来たものの、身体をそれに反応させることは出来なかった。  綺麗に刀が入った破魔矢の身体からは、男以上の鮮血が溢れだす。  地面に身体の横から倒れ込んだ破魔矢は、それでもまだ刀を持って戦おうとしているが、男が近づいてきたためそちらに顔を向ける。  男がお面をずらすと、破魔矢は鼻で笑う。  「はっ。お前かよ・・・。やっぱ、あんとき殺しておくんだったな・・」  刀を握りしめようと腕を伸ばす破魔矢だが、力が入らないのか柄の上に手を置いているだけになっている。  そんな破魔矢の様子を見て、男は眉を下げて柔らかく笑った。  「ネズミは俺の居場所なんだ。だから、誰にも壊させない」  先程までの元気な声から一変、落ち着いた静かな声が流れる。  破魔矢が目を閉じてそのまま動かなくなると、男は刀を鞘に収めてから、もう1人がいる方へと向かって歩いて行く。  すると、そこでは激しい斬り合いをしており、加勢をしようかとも思ったのだが、そんなことをしたら邪魔するなと仲間から言われそうだったため、数秒見ていた。  その視線に気付いたのか、お面をつけた男に罵声を浴びせられる。  「見てんじゃねえぞクソが!邪魔だ!先に行ってろぼけ!」  「ひっど!行くけど!」  てててーと走りだした男を確認すると、残されたお面の男は正面から突きのように差し出してきた刀を、左手でぐっと掴んで刀を持っている右腕で霙の首を狙う。  握られてしまった刀を、男の掌の中で回転させたため、そこに出来た隙間から刀を引きぬくと、身を屈めて攻撃を避ける。  下から顎を狙うように突きあげると、男は地面を蹴りあげて、刀と同じ方向に動きながら後ろ向きに一回転する。  霙は刀の向きをすぐに変えると、左から右に、そしてそこから左斜め下に、さらにそこから右斜め上へと刃先を動かした。  無事に地面に着地した男だったが、胸元に大きく斬られた痕がはっきり見て取れ、そこから血が流れていた。  「ちっ」  避けきれなかったのかと、男は思わず舌打ちしてしまう。  しかし、霙は霙で確実に入れる心算で斬ったのに、切り傷1つだけで済んでしまった男を見て、少しだけ顔を歪めた。  ひゅんっと刀を一振りしたあと、自分の刀の刃の部分を見つめる。  「うん。斬れ味は確かに前よりいいかな。でもまだ馴染んで無い気がするな。いつもならさっきのでヤれてるはずなんだけど」  かちゃん、と刀を鞘に収めると、霙は右足を前に出してこう続ける。  「次は確実に殺す」  「やってみろ」  男も同じように構えると、霙が少し右に移動すれば男も右に移動し、じりじりとした動きがしばらく続いたあと、霙が一気に間合を詰める。  霙の攻撃に男は刃で弾き返すが、それを予想していた霙は男に詰めよって柄の部分で男の刀を持っている手首の部分を押し当てると、男は思わず刀を手から放してしまい、刀は空中に舞う。  その隙に霙は右足を軸に刀を男にあてがう。  男は身を屈めて霙の足を蹴り飛ばすと、霙はそれに気付いて両足をあげて回避する。  しかし、そうなると霙は今両足を宙に浮かせているため腕でしか攻撃方向を変えられないわけなのだが、男は身を屈めているため霙より下の位置にいる。  霙は刀を思い切り振り下ろすと、男はくるんと身体を横に回転させてそれをかわし、振り下ろされた刀が地面に少し刺さったところで、男はその刀の上に足を置く。  ようやく両足が地面についた霙だが、ぐぐぐ、と持ちあげようとしても、男の体重によって地面により深く刺さって行くため、左手を刀から放し、袖に隠してある毒針を男に刺そうとした。  しかし、それよりも先に男の刀が男の手にすっぽりはまり、毒針が隠してあって羽織の袖部分を綺麗に斬られてしまった。  「俺は優しくねえからな。首を斬ってあっさり死なせるようなことはしねぇ」  「提灯作ってるだけの弱者を殺す権利なんて、君たちには無いんじゃないかな」  「刀振りまわして殺すだなんだ平然と言ってのける奴は、弱者じゃねえからな」  覚悟しろよ、と付け足すと、男は霙の両腕を斬り落とした後、自分がつけられたのと同じように、胸元に大きな斬り傷をつけた。  その傷は深く、霙は口からも血を流しながらその場に崩れていった。  男は刀を鞘に収めると、霙の瞼を下ろす。  「勝った―!勝ったよ!やれば出来る子それは俺!!」  その頃、千波と戦っていた男は、千波の攻撃を持ち前の根性と体力で返していた。  男曰く、もっと自分の攻撃の描写を綴ってほしかったということだったが、千波はもちろんのこと、男も身軽だったために持久戦に持ち込まれるかと思われた。  しかし、男は刀を地面に突き刺したかと思うと、そのまま力任せに土を持ちあげて、それを千波に浴びせかけた。  地面は少し湿っていたこともあり、小さな虫などが千波に降りかかるが、千波はなんとか耐えていたものの、装束の中にミミズが入りこんだことで、状況はすぐに変わる。  なんとも気持ち悪い感触のものが自分の身体を這っていると分かると、普段はあまり感情を見せない千波でさえも、ぴた、と身体が硬直してしまった。  その隙に、男は千波の腹に刀を入れたのだ。  とはいえ、女性を斬ることは出来なかったため、峰打ちなのだが。  「・・・汚しちゃった。また怒られるかな」  一方、食満は倒されてしまった千波を見て、呆れたように刀を振るう。  「あれくれェのことで驚いてんじゃねぇよ!馬鹿が!!たかだか虫が身体に触れたくれェのことでよ!!!」  キンッキンッと激しく刀同士をぶつける音が響き渡る中、食満の刀は男の首に向かう。  男はなんとか避けたものの、首筋に薄らと斬られた痕が姿を見せ、そこから少量の血液が垂れる。  食満はそれを見ると、ニヤリと笑う。  「さっきからよお、柔な刀で殺しを挑んでくるなんざ、てめぇ舐めてんのか?それとも、殺されたくてここにいんのかぁ?」  挑発するようにニヤニヤしながら話かけてみるが、男はお面の上からでも分かるように、ふう、とため息を吐いていた。  それに気付いた食満は、またしてもすぐに不機嫌になり、刀を向けて飛びかかってくる。  「目障りなんだよ!!!消えろ!!」  刀を上から振り下ろしてきた食満に対し、男も刀を構えると、数歩後ろに下がってから長い腕を一気に伸ばし、食満の刀を折る。  「は?」  そしてそのまま食満の片足を斬り落とすと、バランスを崩した食満の横にすぐ移動し、鳩尾に刀を突き刺して身体を貫かせた。  カラン、と刀を落としてしまった食満は、最期の力を振り絞って男の裾をなんとか掴むが、その腕に力が入らない。  生々しい音を出しながら引きぬかれた刀には、食満のものと思われる鮮血がべっとりとついていて、刃先からはぽたぽたとそれが規則正しく垂れている。  前のめりに倒れ込んだ食満を横目で見ると、男は胸元から紙を取り出して刀を綺麗にしてから鞘に戻した。  お面を外すと、すでに戦いを終えていた男と合流し、言う。  「行きましょうか」  「似てるって何?どこが?全然似てないと思うんだけど」  土居に、自分に似ていると言われて、良い気分ではない颪田は目を細める。  空気を読めない、あるいは感受性が乏しいのだろうか、土居は颪田の表情を見ても、怒っているのか喜んでいるのか、何も感じていないように話をする。  「君だって、すごいじゃない。傷」  そう言って土居が指を指したのは、胸元の包帯から覗く何かの傷痕。  とはいっても、沢山見えているわけではなく、ちらっと数ミリが見えているだけの状態で、土居はそれを自分と同じ傷痕だろうと言ったのだ。  颪田はそれに対して反論するわけでもなく、かといって同意するわけでもなかった。  「わかるよー。俺と同じ傷だよー。きっと腕にも沢山の傷があるはずだよ。普段は絶対に見えない場所だから、誰も何も言わないんだろうけど、僕にはわかるよ。君は俺と同じ匂いがするんだ」  「・・・同じじゃない」  「同じだよー。散々苦しんできたんだろ?息苦しくてしょうがないんだろ?俺もだよ。誰も助けてくれなかったね。大変だったね。なんて可哀そうなんだろう。大丈夫だよ。俺たちが助けてあげるから。一緒に新しい世界を見ようじゃないか」  そう言って、土居は颪田に手を差し伸べる。  「陸な人間と出会えなかったんだろうね。本当に可哀そうだ」  颪田は自分に差し出された手を見つめていると、さらに土居が続ける。  「来世なんて待ってるより、すぐ先にある幸せを掴み取ろう」  自分のそれと似た傷だらけの腕を見て、颪田は刀を下ろし、土居の腕を掴んだ。  土居はそれを合意したとみなし、にっこりと微笑んで次の言葉を紡ごうとしたそのとき、由来志渡の声でハッとする。  自分の腕が、地面に転がっていた。  「はあっ・・・あああああああ!!!」  由来志渡は颪田に向かって刀を振りみだすが、颪田は由来志渡に向かって、ついさっき斬り落とした土居の腕を投げつけると、今度は由来志渡の腕を肩から斬り落とす。  残った腕でなんとか刀を拾い上げようとした由来志渡だが、颪田に腹を蹴り飛ばされ、尻もちをついた状態で倒れてしまう。  だが、さらに颪田が由来志渡の上に片膝を乗せて体重をかけ動けないようにすると、刀の刃先を心臓の上に突き立てる。  「ぼっ、僕はただの研究者で、君たちの命を狙っていたのは他の奴ら・・・!!」  ひゅう、と、冷たい風が吹いたわけでもなく、そういう季節でもないのに、なぜか自分の周りの空気が冷えた気がする。  呼吸が浅くしか出来ないことに、こんなにも呼吸するという普段から何気なくしている行為が難しいことなのか、それとも下手になっただけなのか、それは今の状況では考えられなかった。  そのとき・・・。  「ハハハハハハ!!!折角一緒に連れて行ってやろうと思ってたのに、君が受け入れてくれないなら、殺すしかなくなっちゃうじゃないか!!!」  片腕を斬り落とされたことで気が狂ったのか、土居が一本の腕で刀を振りあげながら、由来志渡の上に乗っている颪田に襲いかかってきた。  だが、颪田の一振りは、土居の残された腕を斬り落としながら、その奥にある土居の顔面をも削っていった。  さらに腹に刀を突き刺せば、土居は颪田の恨めしそうに見ながら、ずるずると崩れた。  土居の身体から刀を抜くと、颪田は恐怖に慄く由来志渡の命乞いなど全く聞く耳持たず、刃先を下にして両手で柄を握ると、そのまま真っ直ぐに突き立てる。  ゆっくりと刀を引き抜きながら立ち上がると、すでに聞こえていないだろう2人に向かって、こう言った。  「俺達を陸でもねぇなんて言っていいのは、俺達だけだ」  何度かの斬り合いが一段落すると、柯暮乃と蛍は向き合う。  「なんでお前が首を突っ込んでる?お前もネズミなのか?」  蛍の問いかけに、柯暮乃は何のことだと返す。  「ネズミと関係がないなら立ち去れ。無駄に人殺しをするのは好まないんだ」  「好まないというなら、俺の前で刀を抜くな。今すぐ収めるなら俺も無益な斬り合いは止める」  「そっちが先にしまえ」  「いや、お前が先だ」  「俺は他人を信用していない。だからお前が先にしまえば、俺もすぐに引こう」  「俺も他人を信用していないんだ。だからここはお前が先に収めろ」  「埒が明かない」  「俺の台詞だ」  柯暮乃にしろ蛍にしろ、無駄な戦いは避けたいと想いがあるようなのだが、互いに一歩も引かない理屈の押し合いに、またしても激しい斬り合いが始まる。  蛍が柯暮乃の刀を弾き、素早く懐に入ろうとすれば、柯暮乃はそれにすぐさま反応して鍔でそれを受け止める。  今度は柯暮乃が蛍から離れて身を屈め足元に向かって走っていくと、蛍が刀を振り下ろすのと同時に、柯暮乃は身体を横に一回転させて蛍の背後に刀を押しあてようとする。  蛍も身体を捻ると、それを刀で受け止める。  一息つかぬ間に、蛍は足で柯暮乃の肘を狙って蹴ると、軸を崩した柯暮乃はあえて抵抗せず、そのまま受け流そうとした。  しかし、蛍はさらに突いてきて、わざと刀を押し当てるようにして弾くと、その場で回転しながら柯暮乃の肩を斬り、ぐらついたところで蹴り飛ばした。  後ろの木まで蹴り飛ばされた柯暮乃は、背中から思いっきりぶつかってしまう。  ズキズキする背中と、数センチの深さで斬られた肩を庇う様子もなくすぐに立ち上がると、その様子を見ていた蛍が問う。  「なぜ辻番を?」  そういえば、こいつも辻番だと言っていたなと、柯暮乃はあまり覚える気など無かったその事実を思い出す。  一歩一歩進んで行き、蛍を前にした柯暮乃。  しばらく黙りこんでいた2人だったが、蛍が再び構えたところで、ようやく柯暮乃が答える。  「それしか出来ないからだ」  「・・・そうか」  柯暮乃の返答に対し、蛍は構えながら何とも言えない表情を浮かべ、少し下を向いたあと、また柯暮乃の方を見て口を開く。  「なら、俺と同じだな」  蛍のその言葉に対し、珍しく柯暮乃は反応を見せる。  ぴくりと眉を潜ませたかと思うと、さらに蛍に近づいていき、手に握ったままだった刀を蛍と同じように鞘に収める。  じゃり、と足を止めたかと思うと、柯暮乃は何を思ったが、腰にさしていた刀を腰から引き抜き、反対の腰に入れ直したのだ。  蛍も、さすがに何をしているんだと目を丸くさせていたが、そのままの状態で柯暮乃が構えた為、鏡のような姿になる。  柯暮乃の口が微かに動いたため、何か言ったのかと疑問に思っていると、今度は蛍に聞こえるようにこう言った。  「お前のような奴は、辻斬り以下だ」  「・・・・・・」  少しだけムッとしたような顔を見せた蛍だが、言葉にすることはなかった。  1秒が何分にも感じるほど、瞬きも出来ないほどの空気であったが、それを一刀両断するべく、蛍が動き出した。  前足をスリ足のように一気に前に出しながら、同時に刀を抜く蛍に対して、刀を逆の腰にさした柯暮乃は前に出していた左足ではなく、後ろに置いていた右足で地面を蹴るようにして前に出ながら、刀を抜く。  先に相手の胸元に刃が届いたのは、柯暮乃だった。  蛍の左脇下から心臓を横切り、いっきに振りきれば、蛍の刀は柯暮乃の羽織の袖を斬りながら、手から零れて地面に落ちた。  柯暮乃は刀を鞘にしまうと、再び今まで通りの定位置に刀を戻し、蛍に背を向けて歩きだした。  蛍は自分の胸あたりに手を置きながら、息をあらげて膝をつく。  「お前も・・・独りで、死んでいく・・・んだ・・・」  弱々しい声で発せられた言葉の後、どさ、と何かが地面に倒れ込む音が聞こえたが、柯暮乃は確認することはなかった。  そこから数歩進んだところで、小さな声でこう言う。  「独りで死ぬ覚悟がなかったなら、お前は今ここで死んで良かったんだ」  「やっべ。厳名のおっちゃんやっぱり強ぇなぁ!!!すっげェ!!!」  茂吉のもとに来ていた叉門は、茂吉が1人で2人を相手しているのを見て、加勢しようとしていた。  磐梯という男は元辻斬りらしく、それなりに強いのかと思って構えていたが、茂吉にあっさりやられてしまった。  辻斬りをしていたのは随分前だということもあり、茂吉がなぎ倒してしまったのだが、それを見ていたもう1人の男、鵜来は別の見解を示していた。  「磐梯は確かに刀鍛冶だけど、抜刀術も飛び抜けたものだった。まあ、相手が悪かったとしか言えないか」  鵜来という男は、土居という男を洗脳し予知者として育て上げた。  新しい世界だとか、異世界への扉だとか、世界の終わりだとか、そういったことを毎日毎日言い続けたことで、見事な偽物の予知者として働いてくれた。  研究が無事に終わった暁には、始末しようと考えていたことも言い切ると、それを聞いていた叉門にふつふつとわき上がるものがあった。  「おっちゃん、こいつ俺がやる」  「手は貸さんぞ」  「手は出さないで」  茂吉ではなく叉門が自分の相手だと分かると、鵜来はなんとも滑稽だと笑いだした。  叉門が刀を抜いて襲いかかってくると、鵜来は余裕そうに軽く受け流しながら、足で器用に叉門の手の甲を蹴り、そのまま叉門の耳を斬った。  完全に斬ったわけではなく、斬り落とされる前に叉門が顔を背けたため、横に切れ目が入ったくらいで済んだ。  耳を押さえている叉門に対し、鵜来は手を休めること無く、腕を狙い、足を狙い、首を狙い、腰を狙い、その度に叉門は身体を捻ってなんとか急所を避けていた。  しかし、徐々に叉門も鵜来の速さに慣れてくると、反撃出来るようになってきた。  鵜来の髪の一部を斬ったり、他にも羽織、腕などに刀を入れていく。  2人は互いの顔を見合わせていたのだが、ふと、鵜来が目を見開かせ、それに驚いた叉門が一歩後ろに下がると、鵜来は刀をしまって何処かへと走っていってしまった。  「え?なになに?どういうこと!?何があったの!?俺なにかした!?」  急に走っていってしまった鵜来に、叉門はおろおろとしていたのだが、ふと茂吉が床に目を落とすと、そこには宝石の類は一切落ちていなかった。  未だにおろおろして、追い掛けた方がいいのかどうか茂吉に聞いてきたため、茂吉は放っておけと伝える。  「行ってくるよ!志十郎!俺行ってくるよ!」  「勝手に行け」  「よーし!今日もがんばるぞー!!」  あれからすぐ、それぞれが普段の生活に戻って行った。  叉門は飛脚の仕事で山を幾つも越え、黒滝は大工で親方の跡を継ぎ、硯は火消しとして見廻りを続け、萌久来は人気の髪結となって活躍し、颪田は絵師として評判となり、茂吉は陶芸、時々医者として日々を送っていた。  晴れの日もあり、雨の日もあり、数日経った頃に茂吉が遠い場所にあるそれなりに大きい家屋へと訪れる。  挨拶をしながら戸を開けると、そこには蓬餅を食べている鎧戸と菫がいた。  「先日の礼にと思って蓬餅買ってきたんじゃが・・・いらんかったか」  「置いていけ」  「お茶ご用意いたしますね」  「ああ、いい、いい。これを渡しに来ただけじゃ。もう帰る」  一度は立ちあがった菫は、お茶を断られてしまったため、茂吉を見送るためにいそいそと動き出した。  本当にそれ以外の用事はなかったらしく、茂吉が帰ろうとすると、鎧戸が思い出したように言う。  「ついさっき、士斬が刀を取りにきたぞ」  「・・・そうか」  それだけ答えると、茂吉は戸を開けて外へ出る。  菫は見送る為に一緒に外に出ると、茂吉は菫の方を見て尋ねる。  「五月雨、お前は父のような刀鍛冶にならんでもいいんじゃぞ」  「・・・いえ、私が自分で決めたことですから」  「ならいいが。もしあの男の息子だと知れれば、狙われることもあろう。気をつけるんじゃぞ」  「はい、ありがとうございます」  菫が頭を下げると、茂吉は背を向けて歩きだした。  茂吉の背中が完全に見えなくなるまでずっと見送っていると、雲行きが怪しくなってきたため、早足で戻る。  菫が家の中に戻ると、鎧戸がまた何か思い出したかのようにこう言った。  「あ。士斬に、厳名が来たら手紙をよこすように伝えろって言われてたんだった。まあいいか」  「でしたら、厳名さんにそのように文をお書きいたしましょう」  「面倒臭ぇな。書いておけ」  「はい、わかりました」  その頃、山を走り回っていた叉門は、何かの気配を感じて足を止める。  「・・・・・・?」  動物か何かだろうかと思って耳を澄ますが、何も聞こえなくなってしまったため、叉門はまた走りだす。  風を切り裂く、刃のように。
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