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おまけ②【昨日の花は今日の夢】
澄んだ眼の底にある
深い憂いのわかる人間になろう
重い悲しみの見える眼を持とう
相田みつを
菫が熱を出したと、文が届いた。
茂吉は鎧戸のところに行くまでの道中に咲いている、薬草ならぬ薬花を摘みながら向かうと、自分と同じくらいの歳の男がいた。
「暁武、来ておったのか」
「おー」
布団に横になっている菫の額に、水に浸して絞った手拭いを置いた男の横で、鎧戸は蓬餅を食べていた。
男の名は士斬暁武、黒の短髪に顎には髭がちらちら生えており、黒の観世水柄の着物に青の無地の羽織を肩からかけている。
「菫の様子は?」
「わからん。熱があるのは確かだ」
「暇ならほれ。調合でも手伝え」
そう言いながら、茂吉は暁武に薬花を煎じるための薬研や乳鉢を渡すと、文句も言わずに手を動かす。
茂吉は乳鉢に暁武が荒く削った薬花を入れると、ゴリゴリとさらに潰していく。
「こりゃなんの花だ」
「宝花じゃ」
「聞いたことねぇぞ」
「最近じゃあ、金になる花だとかで、必死に探しまわってる者たちがおるわい」
「金になるのか?たかが花だろ」
「この花は、1年のほとんどが咲いている状態なんじゃ。通常5枚の花弁がついており、それぞれ模様が異なる」
「それでどうして金になる」
「1年に数回だけ、蕾の状態に戻るんじゃ。どういう条件の下で蕾になるかは分かっておらんようじゃが、蕾になると虹色に輝き、また、花の雫が連なった宝石のように留まることから、この名がつけられたとされておる。実際のところは知らんが」
「へえー、大層な花だな。世の中不可思議なことだらけだ」
「確かにのう」
「・・・なんか年季を感じるな、その会話」
ふと、2人の会話を聞いていた鎧戸にそう言われてしまい、茂吉と暁武は同時に黙った。
そこに置いてあった蓬餅を全部平らげた鎧戸は、その場で横向きに寝そべり、頭の下に手を置いた。
それからしばらく沈黙が続いたが、花の汁をしぼって御猪口に注ぐと、菫の上半身を起こしてそれを飲ませる。
苦いのか甘いのか、菫は微妙な表情だったためどういう味かはわからない。
再び菫が横になると、予備の薬を作ってから道具を片づける。
「それにしても、世話好きだよなぁ、厳名」
「何がじゃ」
「身寄りのねえガキどもをわざわざ引き取って、手に職つけさせるなんてよ」
「暁武が鍛冶やら瓦やら蒔絵やら畳やら、色んな仕事に精通しておって助かっておる」
「それだけじゃねえ。ネズミに共感してる奴、金持ちを恨んでる奴に技を教えてよぉ。しまいにゃあ、こんなガキの面倒まで見るなんざ、ほとほと呆れた奴だな」
ちら、と暁武は菫を見ながら言う。
茂吉は道具を包んできた風呂敷に綺麗に包みながら、フッと笑う。
少し熱が引いたのか、顔色が徐々に普段の色に戻ってきた菫を見ていた暁武は、今度は鎧戸を見る。
「傍から見りゃあ、直弟子だったお前が息子ってことになるよな、天雅」
「なるよなって、俺は筋が良いからって、こいつの父親に勝手に俺を紹介したのは士斬、あんただろ」
「そうだ。あの時はもっと素直だったからな」
鎧戸はムッとしたものの、暁武はそろそろ帰るわ、と言って立ち上がり、鎧戸の頭をわしゃわしゃ撫でた。
それを手で振り払うと、茂吉に名前を呼ばれた。
「菫が起きたら、晩飯の後と明日の朝飯の後に1包ずつ飲ませること、いいな」
「おう」
鎧戸の家を後にした茂吉と暁武は、世間話をすることもなく、ただ黙って歩いていた。
「じゃ、俺はこの辺で」
暁武は何処へ行くのか、辺鄙なところで崖の方に向かって歩きながら、茂吉に見せるように腕を上げて去って行く。
「暁武」
そう呼びかけると、暁武は気だるげにこちらを振り返る。
「なんだ?」
「・・・ザンギという男を、知っておるか」
「・・・・・・さあな。なんでだ?」
「いや、知らんならいいんじゃ」
「あ、そ。じゃ」
暁武がまた背中を向けて遠ざかって行くのを最後まで見ること無く、茂吉も家に向かって歩き出す。
また、同じ朝日が昇ることを祈って。
「帰りに桜餅でも買って行くか・・・」
また、同じ明日に出会えることを願って。
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