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物語は主人公の一人称で書かれていた。文体は至って普通で、おどろおどろしい文章でもなければ、怖い話っぽい語り口でもない。
正直、いきなり怖い挿絵とか貼ってあったら嫌だ……と内心ビクビクしていた私はほっとした。しかし同時に、なんだこんなもんかというがっかり感もあった。
しかも、読み進めていってもホラー小説らしい曰く付きの廃墟や怪しげな山村は一向に登場しない。
もしかしてこの人、エッセイのタグと間違えて投稿してるんじゃ……?いやいや、まだ半分も読んでいないことだし、とりあえず読み進めてみよう。中盤から怖い噂とかが話題に登るのかも知れない。
そう思い直したとき、誰かが外の階段を登ってくる音がした。
トン、トン、トン……
「誰か帰ってきたのかな……?」
私の住んでいるアパートは、学生向けと称した家賃激安のボロアパートだ。急行が止まる駅から歩いて5分という近さだが、とにかく狭いし壁も薄い。外の階段や廊下の足音なんて、どれだけ静かに歩こうが筒抜けになる。ちなみに三階建だが、エレベーターなんて付いてない。
そんな物件だからだろう。昼間の定職についている住人は少なく、大体が私のような苦学生か、夜の仕事で生計を立てている人たちだ。そのため、夜中に電話の声が聞こえたり階段を歩く音が聴こえてくることも日常茶飯事だった。
トン、トン……コツ、コツ、コツ……
足音の主は3階の住人だったらしい。足音は私の部屋の前を通り過ぎて行った。
気を取り直して続きを読み始める。
コツ、コツ、コツ、コツ…………
ズル……ズル……ザザ……
すると再び、廊下を歩いていく足音が聞こえた。どうやら、廊下を行ったり来たりしているらしい。何やら引きずっているような音も聞こえてきたが、落し物でもして探しているのだろうか?コツコツという音がいやに耳について、小説に集中できない。
だんだんイライラしてきた私は、外の様子を見ようとドアスコープを覗き込んで凍りついた。
焼け焦げた様に真っ黒な肌。
異様に腕の長い、どう見ても人間ではないナニカが、血走った目でジッとこちらを見ていたのだ。
咄嗟に飛び退いた私は、置いてあった靴につまづいて尻もちをついた。早くドアから離れなければと思うが、恐怖で足に力が入らない。心臓がバクバクと跳ねている。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!何だアレ!?
こっち見てたよな?さっきの足音もアイツか!?
アイツは絶対にこっちに気づいてる。俺、殺されるのか?
身体は全く動かないくせに、頭は最悪の想像を次々と生み出していく。
コツ、コツ……ずるっ……ザリ……コツ、コツ……
再び足音が聞こえたが、今度は遠のいていかず、ドアの前をウロウロしている。何かが擦れるようなズルズルという音は、長い腕を引きずっていた音だったらしい。
ドン!……ドン!……ドン!……
殴るような強さで、ドアが叩かれる。
ドアに口をぴったりとくっ付けたような、くぐもった声がする。あは、あはアハとおぞましい笑い声が聞こえる。
ドン!……ドン!……
アハ、アハ、あはあははは、は、あは……
しばらく笑い声を上げていたソイツが、ピタリと静かになった。そして、いやに明瞭な発音でこう言った。
『イま、ナん時ですか?』
あれ、その言葉……
突然投げかけられた言葉に、反射的にあの小説を思い出した私は、映し出された画面に目を落とし、思わずスマホを投げ捨てた。
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