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店前で佇んでいると、アラーム音で我に帰る。
寝落ち用の予備のアラームで、朝五時を告げている。
こんな事を考えている場合じゃない。
一度家に帰って、風呂に入って、出社して、会社に残してきた山の仕事を片付けなければ。
一週間はあっという間だった。
むしろこの日の事を考えないよう、より一層仕事に打ち込んでいた。
眠いし、疲れているしで身体は怠いが、それでも深夜三時に私は店を訪れた。
お客は四人既にいて、一人一席ずつ付いている。
みんな誰かと話しているのだろう。
空いている席に着けば、バイト君はメニューを選ばせもせず桃源茶を持ってきて「どうぞ」と飲むよう促した。
もう来ているのだ。
私は一回深呼吸する。
十万は現金で持ってきた。
覚悟を決めて、桃源茶を一口飲む。
「レイコ……」
懐かしい気弱な声が私の名を呼ぶ。
カップを置いてから、私は声の主を見た。
背は高いのに細身と気弱な性格のせいで、小動物を思わせる男。
一年前、何の前触れも無く私に別れを告げた元恋人のユキト。
私は結婚も考えていた。彼も同じだと思っていた。
別れる数ヶ月前から彼が隠し持っていた小さな箱が、いつ私の前に差し出されるのか、ずっと楽しみに待っていた。
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