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将来の夢
季節はいつの間にか外出したくない寒さに変わっていた。
色々なところでイルミネーションが飾られ、気持ちの早いジングルベルが時々聞こえる夕方。
バスの車中は家に帰る学生や主婦で少しずつ街にいくにつれ混み始め、人の温かさと会話で窓ガラスが曇る。
高校前から最寄りバス停までの間、一人浮かない顔をした女子高生がいた。
遠野あい。彼女は曇っている窓にさらにため息を吐いて見えない景色を眺めていた。
「はあ・・・。」
「どうしたの?あい。」
あいの隣に座っていた同級生の紫織が尋ねた。
「今日、休憩時間に担任に呼ばれてさ、進路の個別指導うけたんだよね。」
あいはもう一度軽くため息をついた。
「あ、まだ行きたい大学決まってないの?」
「うん、私の学力じゃ狙える大学もそんなにないんだけど、将来何がしたいのかまだ分かんないんだよね。どうしよう・・・。」
「まあね、夢がみつかれば進路も決まるのにね。」
紫織は看護師を夢に大学の医学部を受験することが決まっていた。あいはセンター試験を受けることは決まっているのだが、やりたいことが見つからず志望校の絞れずにいた。この受験差し迫る時期にあいのように決まっていない学生が珍しいのだが。
「うーん、やりたくないものは分かっているんだけどね。」
「何?」
「喫茶店。」
あいは軽く笑う。
「えー、あいの喫茶店私好きだけどな~、レトロ感があってマスターの煎れた珈琲は美味しいし。なんで?」
紫織はあいの答えに不思議そうに聞いた。
「あんたはうちのマスターの本性を知らないからよ。」
「何それ?」
「学校から帰ってきたらすぐ手伝え、土日も手伝え、その割りに店に客はいないマスターは時々いなくなるし。いくら家族経営とは言え時給700円でプライベートや塾の費用を全て何とかしろは鬼、ばか、crazy!無理、あり得ない!単発でもらうバイトはお金良いけどそんなにないし危険だし。生活するために学校と店だけ往復してたら夢もみつかるわけないっていうの!」
あいは苦々しい顔をしながら恨み節をぶつける。
「あの優しいマスターがそんなサドなの!?」
紫織はマスターのギャップに半信半疑だ。
「そうよ!だから喫茶店は絶対嫌!無理!」
「そうなんだ~、でもあのマスターなら無償でいいかも。ずっと一緒にいられるならその言葉も受け入れられそう♪」
あいは紫織の言葉に呆れた顔をした。
「あんたマゾ?」
「違うけどマスターならアリ♪」
「はいはい、あなたが好きなタイプは一般の人とズレているのを忘れてました。そうだ、じゃあ今日マスターいるから私の代わりに紫織が喫茶店手伝いなよ。」
「ごめん、手伝いたいんだけど今日は塾で模擬テストがあるんだ。」
紫織は手を合わせる。
「塾ならしょうがない・・・。でもあんた、この話するとすぐ逃げるよね?」
「たまたまよ。マスターのお手伝いしたいんだけど、今日はほんとごめん。」
「"今日は"って、いつもは嘘かい!」
紫織はその言葉に笑いながら手を振りバスを降りた。あいも紫織にバスの中から笑顔で手を振ると、曇った窓ガラスを拭いて走り出した景色を見ながら1人ため息をついた。
「ほんと、将来どうしよう・・・。」
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