03:旅人と平原

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 高級食材ってなると、やっぱ裕福層の肥え太った連中しか食えねぇんだろーなぁ。  ん?そうなると平民は草が主食なのか?  うっわーないわぁ。  リアル草食男子とか引くわー。  ゴンッ!! 「悪かったな、リアル草食男子で。近くに川も海もないから魚もあまり出回ってないんだ。だから必然的に植物しか食べ物がない」  ……ってぇ~!  なぐる必要あった今!?  ゲンコツされたとこをさすりさすり。  ロイド・フォルスをじろりと睨み上げるも涼しい顔で受け流された。こんにゃろう。  すぐ手が出るのは王族としてどーなんよ、と思ってもいちどロイド・フォルスに目をやれば、どこか深刻そうな顔付きで私を見ていた。 「だが、もし魔物の肉を食べても問題ないなら、平民の食糧難は大幅に改善される」  あーそりゃそうか。高級食材なんて平民にゃとても手が出せねぇわな。  で?  なんでアンタがリアル草食男子になるんだよ王子サマ?  王族なら高級食材なんて毎日口にしてるだろ。  ちょっとだけ気まずそうに目線をずらす麗しい御仁。 「……父上以外の者が肉を食すことを許されてなくてな」  なんだその鬼畜な君主は。 「この国にある肉は全て国王の腹に納まるものだ」  うわー……  うっわぁー…………  兵士達が言ってたダメダメ愚王説マジもんじゃん。  思わず半眼でロイド・フォルスを見上げると、更に気まずげな顔で「で、どうなんだ」とわざとらしく話を戻された。  魔物の肉ならフツーに食えるよ。  副作用とかは一切ない。 「そうか……」  一瞬でホッと胸を撫で下ろしたロイド・フォルス。  もし心配なら私が毒味してやろうか? 「いや、いい。毒味なら俺自らするべきだ」  責任感強い王子サマやね。感心感心。  気まずげに、そしてどこか申し訳なさそうに民家を見下ろすロイド・フォルスの横顔を盗み見る。  息子としてどうにかしたいけど父親には逆らえない、ってとこか。  国王の許可もなしに食えば罰が下るのは必須。  なら法の網を掻い潜って食いモンとして認識されてない魔物の肉を平民に安く売れば、平民の食糧難はどうにかなる。  魔物の肉なんて怪しげでヤバそうなもん高く売る訳にはいかないから、平民は安く買えてハッピー!栄養も摂れて超ハッピー!ってわけか。 「じゃあ手始めに平原の魔物でも狩るか……ホワイトシープはどうだ?旨いか?」  ホワイトシープ。  体長約3メートルほどの羊。  視界に入った者はもれなく襲撃されるのが特徴。  ただし動きは緩慢で力も然程強くはない。  ランクもEと極めて低い。  攻撃系の能力を持った者、あるいはそこら辺の冒険者や兵士くらいなら余裕で討伐できる魔物だ。  食えないこともないけど特別旨くもねぇな。  食感は鶏肉に近くて、味は絞りたての雑巾みたいで、なにより生臭さが半端ない。  雑巾……と力なく呟くロイド・フォルスの肩をぽんぽん叩く。  濃いめの味付けで調理すりゃ食える食える。  汚れきった雑巾は人の手によって綺麗にされる。それと一緒さ。  生臭い雑巾肉が一流シェフによって高級料理へと生まれ変わるのさ。  肉肉言ってたら肉食いたくなってきた。  あー焼肉食いてぇ。  明日の夜は焼肉パーチーだ。  少し気難しい顔で考えこんでいたロイド・フォルスだが、やがて覚悟を決めた目で「情報、感謝する」と頭を垂れた。  一端の旅人に頭下げんなよ王子サマー。  長年の食糧不足をどうにかできる術を持ったやつ相手に頭下げちゃう気持ちは分からないでもないけどね。  再びごろんっと横になり、空を埋め尽くす星を見上げる。  信じられるか?あんな綺麗なものが私達の世界を滅亡させかけたんだぞ?  さすがの人類も星の大群には敵わなかったわけだ。  大昔は人口が凄まじかったらしいぞ。  それこそ当時の大陸だけじゃ賄えなくて人工的に造った島に移住させたりするくらいに。  だから神サマとやらは人間を減らすために隕石なんぞ落としやがったのかね。  つーかなんでまだここにいるんだいロイド君。  もう用は済んだろ。 「本題がまだだ」  食糧問題はついでかよ。 「エリー。ここに……フォルス帝国に永住する気はないのか?」  真剣な声色で問われ、顔だけロイド・フォルスの方を向く。  真剣で、それでいて何かに期待するような眼差し。  そしてその瞳の奥に微かに燻る、打算。  今まで見てきた他国のお偉いさんと似たり寄ったりなそれと視線が合った瞬間、口元に笑みが浮かぶのが自分でも分かった。  布で覆ってるし、夜の闇でロイド・フォルスは気付けないだろうけど、ほんの少しだけ口角が上がった。  がばっと勢いよく立ち上がり、ローブを翻してロイド・フォルスに向き合う。  兵舎の屋上には落下防止のための段差が縁取っている。その段差の上に軽い動作で跳躍した。  あと一歩足を引けば真っ逆さまだ。 「おい……っ」  自ら落ちようとする愚か者に叱咤するように声を上げ、咄嗟に手を伸ばすロイド・フォルスに向かって心の中で唱えた。  “私は永遠の旅人さ”  軽く目を見張るロイド・フォルスなんぞお構い無しに後ろ向きに足を一歩、踏み出した。  悪いね王子サマ。  国の道具に成り下がる気は毛頭ないのさ。  私の実力の片鱗を目の当たりにした権力者達はみんな国に取り込もうとした。  自国の利益に繋がるからと。  あるいは私腹を肥やす材料にしようと。  ったく、他力本願も大概にしろっつーの。  てめぇのケツはてめぇで拭けや甘ちゃんども。  あーあ、ロイド・フォルスのせいで興醒めだ。  今宵の宴会はこれにて終了!  すたっと華麗に着地し、快適なボロ宿屋に向けて歩きだした。
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