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ロイド・フォルスに案内されて城の裏口から外に出た。
入るときも裏口からだったらしい。
まぁこんな見るからに怪しげなやつ正門から堂々と運んだら兵士に即牢屋にぶちこまれてもおかしくないもんな。
ロイド・フォルスと別れ、夕方特有の色彩を放つ町並みの中早速宿屋に向かう。
ご丁寧に宿屋をいくつか紹介してくれたので、近いとこから順に回っていく。
判断基準は宿代の安さと屋根上に上がる許可をもらえるか否か。
前者はどこも魅力的だったが後者は全て断られた。何故だ!?
仕方ないので一番安くて人工的な匂いが抑えられたボロい宿屋に決めた。
女の子がそんなセキュリティ面ガバガバの貧相な宿屋に泊まるんじゃねぇ的なことを店主にやんわり言われたけど気にしない。
優しい女店主だな。でも自分の宿屋をそこまで卑下しちゃっていいのかい?
六畳くらいのとても狭い宿屋の一室に入り、簡素で硬いベッドに寝転がる。うーん、まぁまぁかな。
城のふかふかのベッドよりかは寝心地いい。
普通逆だろって?私にとっちゃこの感覚が普通なんだ。
ベッドシーツに土を盛って天井ぶち抜いたら完璧なんだけどなぁ。
瞼を閉じれば過るのは眩いキラキラをこれでもかと放つ王子様の顔。
あーあ。奴に目ぇつけられなきゃ今頃悠々自適に大自然ベッドで夢の中だったのに。でもあのまま王族の通り道のど真ん中で寝てたら処罰されてただろうし。
そう考えるとロイド・フォルスには感謝しないといけないかな。
それはさておき、明日こそ仕事しないとなぁ。
採取の依頼があればいいんだけど。
もしなかったら低級の魔物狩りに行くしかないかな。
予定外の宿泊代が結構イタイ。
フォルス帝国一安い宿屋でも、私の懐事情ではかなりの痛手なのだ。
このままだと明後日には無一文になる。それは嫌だ。
さっさとこの国から出て大自然ベッドを堪能するんだ!
そうやって内心息巻いていると、扉が数回ノックされた。
いやノックなんて可愛いもんじゃない。
ドンドンだ。コンコンじゃなくてドンドンと叩いている。
ここの従業員は荒々しいなぁ。それか急ぎの用かな?
本来ならここで「どうぞー」の一声くらいかけるべきなのだが、いかんせん喋れないもんだからこちらから開けにいかなきゃいけない。
不正な方法で開けるのが容易な簡素な鍵をがちゃりと回して扉を開く。
眉を八の字にして焦った表情をした男性従業員が視界に入った。
その後ろでは数人の従業員とそう多くはない宿泊者が一方通行にドタバタ走っていってる。
はて?そっちは出入り口じゃないか。なぜに皆して慌てているのか?
首を傾げてそれを観察していると、扉を荒々しくノックした従業員が説明してくれた。
「たっ大変です!Bランクの魔物がフォルス帝国に侵攻しました!速やかに避難して下さい!!」
あーなるほど。魔物かぁ。だから皆逃げてたのかぁ。
この宿屋が一番安い理由。
それはセキュリティ面の甘さもここのボロ具合もそうだけど、一番の理由はフォルス帝国の国境付近にあるからだ。
周辺に国はなく、広がるのは魔物が蔓延る平原のみ。
少し距離はあれど国はあるものの、平原の魔物が行く手を阻んでいる状態だ。
その平原の魔物がちょいちょいこの国に侵攻するようなのだが、それがちょうどこの国境付近なのだ。実に迷惑な話である。
従業員の男にこくりと頷き、人の流れに添って自分も出入り口へと進んでいく。
従業員の男は他の宿泊者などを避難誘導するためか反対側へと走っていった。
「グルルァァァァァ!!」
他の宿泊者と同じく外に出た瞬間耳をつんざく獣の咆哮。
うるせぇなぁ。その口縫い付けてやろうか。
人々が血相変えて国の中心部へと避難してる中、私一人気配を殺して宿屋の裏側に隠れた。
そっとフォルス帝国の国境へと視線を走らせる。
今は夕方から夜へと移り変わる時間帯。薄紫に染まる空がこれから闇へ誘う象徴かのように色濃くなってゆく。
当然視界はゆっくり暗転していき、辺りを見回してもほとんど見えないくらいに暗くなっていった。
夜目の効く私にゃ何の障害にもならんけどな。
視線の先にはデカい熊。体長4メートルくらい。
青い体躯に赤い目って不似合いすぎて笑えるわー。
そこはせめて体も赤くしろよ。そうなったらビッグレッドベアーと命名してやろう。まんまだな。
体が青いからブルーベアーか?
なんかブルーベリーみたいでやだな……
青い熊を模したブルーベリー……うわ食いたくねぇ……
一人妄想を繰り広げている間にも青い熊の魔物は周辺を破壊し続けていく。
兵士は何してるんだろ。さっさと討伐しちまえよ。
あーでも帝都からここまでは結構距離あるからすぐには来れないか。
この国で馬とか馬車とかは見かけなかった。
じゃあ徒歩?このだだっ広い帝国内を?拷問やんけ。
この国は大分平和ボケしてらっしゃるのかね?
こういう事態を想定して馬を手配するのは常識だろうに。
馬があれば迅速に魔物討伐に向かえる。被害も最小限に抑えられる。
一昔前なら車やら電車やらあったけど、隕石効果でほぼ全滅したから土台無理な話だ。
ちらっと青い熊の魔物を見やる。
近くには逃げ遅れた人達がぎゃあぎゃあ喚きながら逃げようとし、ターゲットロックオンされた人が今にも襲われそうだった。
「いたぞ!あそこだ!!」
「急げ!!」
ようやっとガタイのいい兵士が来る気配を感じたが、遅い。遅すぎる。
このままじゃ死人が出ちまう。
宿屋の裏からさっと飛び出し、魔物の前に立ちはだかる。
「おい、あの娘……っ!?」
「なにやってんだ!!早く逃げろ!!」
後ろからなんか叫び声が聞こえるけど気にしない。
ロックオンされた人とそのすぐそばにいたやつらを一纏めに葬り去る勢いで振りかぶった長い腕を寸でのところで受け止める。
片手で受け止めたことに背後で縮こまっていた逃げ遅れた連中も到着した兵士も驚愕で息を飲んだ。
後ろを見てみれば、なんとまぁすっかり震えて腰が抜けてらっしゃる。
全く、この程度の魔物でビビるなんて情けないねぇ。少しは根性見せろよな。
っつっても平民がそんな根性持ち合わせてる訳ないか。
この様子だと逃げることはできなさそう。
ならさっさと片付けてやるか。
再び前を向き、魔物を見据える。
背後で震え上がっているやつらから私へとターゲットを変更したそいつは怒りの咆哮とともに再び腕を振り下ろした。
学習能力のないやつめ。
魔物に知能なんてないし、学習能力もくそもねぇけどな。
後ろのやつらに被害が及ばないように横にずれる。魔物が視認できて、腕の機動力を私の方へと逸らせるくらいの速さで。
予想通り震え上がっているやつらを避け、私の方へと向かってきた。
何もせずただ突っ立ってただけならぺしゃんこに潰れていたであろうその攻撃を余裕でかわし、軽やかにジャンプする。
振り下ろした直後の魔物の腕を蹴って空中に躍り出た。
落下途中で剣を抜き放ち、魔物の首を斬り落とす。
胴体とバイバイしたそれは地面に転がり、胴体も崩れ落ち、それらを避けて地面に着地した私の足音だけがこの場に響いた。
あーあ、呆気なかったなぁ。
能力を使うまでもなかったわ。
魔物の血で汚れた剣をハンカチで拭いてから鞘に納める。
あとは兵士がどうにかしてくれるでしょ。
「あっ、あの……!」
さっさとこの場を離れようとしたら震える声で呼び止められた。
声のした方を向くとついさっきまでターゲットになってたやつが私の元までやってきた。
倒れている熊の魔物にビクビクしながらも懸命に目の前まで歩いてきて、いきなりがばっと頭を下げられた。
突然のことで若干びくっとした。
「僕と、そして家族を助けてくれて、ありがとうございます!ありがとうございます……っ」
みっともなく涙をボロボロ流しながら何度もお礼を述べる男。
後ろにいる女が嫁だろうか。二人の子供と妊婦特有のぽっこりした自身のお腹を守るように抱き締めて号泣しつつもペコペコ頭を下げている。
そんなに頭下げられても困るんだけど。
やめろ、という意味で男の肩を叩いても涙は止まらんわ感謝の言葉は止まないわ……どうすりゃええねん。
「す、すごい……!Bランクの魔物をあっさりと……」
「たった一人で……」
「第1王子以外で倒せた人、初めて見た……!」
なんか兵士の方が騒がしくなってきたぞ。
騒ぐ余裕があるならさっさと魔物の死骸片付けてくれよ。
「ただのぐうたら野生児かと思っていたが、なかなかやるな」
気配もなく近付いてきたのはつい数時間前に別れた、もう二度と会わないだろうと思っていたフォルス帝国第二王子サマ。
涼しい顔をしているもその目には驚きが見え隠れしている。
ぐうたら野生児て。
目の前でいまだに涙ながらに頭を下げ続ける男とその家族に目を向けて私が困っているからもう止めろと言ってくれた。そのおかげで感謝感激号泣祭りは幕を閉じたものの、逃がさねぇと言わんばかりに腕を掴まれてしまった。
誰にって?
ロイド・フォルスにだよ!
そろーっと見上げれば、目の毒にしかならないキラキラオーラを溢れんばかりに撒き散らす麗しいお顔が。
目が合った瞬間、ロイド・フォルスがにこりと笑った。見る者皆頬染めて昏倒しそうな笑顔である。
……あー……なんか、すっごいめんどくさくなりそうな予感。
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