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とある日、農作業を終えた男が自宅へ帰り、妻とこんな話をしていた。
「そういえば、あなたのお隣の人の畑、今年はお芋がすごい豊作だって。聞いた?」
「そりゃ隣だから見てるし、収穫も手伝ったさ。ウチは虫に食われて大打撃だったが、隣は上手いこと逃れたんだよな」
「そう。……ねえ、ちょっと分けてもらえないのかしら」
「そうだな。明日、ちょっくら話してみるか」
表面には出さないが、男は隣の畑の主をうらやましく思っていた。
ふと、男は思い出した。
……隣の畑の奴は、確か『グー』だったな。そして自分は『パー』……。
男は、数秒の躊躇いの後、何かを手に持つ仕草をした。
あるところに、じゃんけんの国がある。
その国は小さい国土に畑が広がり、各地域に点在する町並みはいたって古風である。鉛筆の先を地面から生やしたような形の家が、石畳の道の両脇を縁取るようににょきにょきと並ぶ。昼は町の中央の市場がざわめき、客を呼び込む大声とそれに負けない客のざわめきが響く。夜は打って変わって森のように静かになり、家々の明かりが灯る町を見下ろせば星空のようである。
国民は『グー』『チョキ』『パー』の属性のどれかを持ち、自分より強い属性を持つ人にはあらゆる面で何をしても勝てないようになっていた。しかしかつて、それが原因で国が侵略されたこともあり、反乱のために国民のほとんどがその属性を捨てたこともあった。その後しばらくは属性の相性は関係ない、他の国と変わらない人間関係の国となっていた。
だが、じゃんけんの国の民は気付いた。その時の運によって生活の有利不利が決まるよりも、確実に勝てる、もしくは負ける相手がわかっていたほうがいいのではないか、と。それが一番安心できる道ではないか、と
結局その国は『じゃんけんの国』の名の通りに戻ってしまった。『グー』の人はどれだけ畑を耕しても隣の『パー』の人よりもたくさんの芋がとれない。体格のいい『パー』の人がもやしのような『チョキ』の人とケンカをしても、偶然や不幸が重なって負けてしまう。だから『パー』の人はケンカをするときには『グー』の人を無理やり連れていくのが普通。そんな国に。
結局その国では、生まれ持ったじゃんけんの属性がすべてである。
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