嬉しいニュースの時間です

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嬉しいニュースの時間です

 毎朝6時に起きる。そして毎晩2時を過ぎて眠る。  ほとんどの時間を会社で過ごし、寝るだけの家に必ず帰るのは気持ちをリセットする為だ。  忙しいが別にブラックというわけじゃない。そもそも自分で作った会社で社員は俺だけだ。  経営は軌道に乗りある意味順風満帆(じゅんぷうまんぱん)。  それなのに俺は迷子のような不安な気持ちに襲われていた。 『朝のニュースです。昨夜未明ーー』  行きつけの店でモーニングを食べていると、備え付けられたテレビから悲しいニュースが飛び込んできた。 『生後五ヶ月のーー』  急いでヘッドホンを取り出す。なるべく明るい曲をチョイスしてさっきの事件を考えないようにした。  仕事を終えて帰宅。  クタクタなのに眠れそうにもない。 “ーーそれにしてもあの事件は可哀想でしたねぇ。なんの落ち度もない子供が犠牲になっちゃってーー”  取引相手が話のネタに痛ましい事件を俺に振ってきた。  その時俺はうまく合わせていただろうか?  彼が帰った後も仕事が手に付かなかった。  俺はニュースを見ない。新聞も経済とスポーツ欄だけだ。毎日どこかで起きる悲劇を俺は必要以上に感情移入してしまう。  残酷な事件や事故をまるでショーのように垂れ流すテレビが嫌いだ。遺族へコメントを求めるマスコミなんて消えてしまえばいい。話のネタにするのはもっての(ほか)だ。  そんな思いを飲み込みベッドに入る。目を閉じた瞬間、悲痛な声が聞こえてくる。  ああ、また今日もか。  誰かが泣き叫んでいるのに俺は何も出来ないでいる。  ふと、テレビを付けた。真夜中を過ぎれば深夜番組かスポーツぐらいしかやってない。  恐ろしいニュースは朝に始まる。だから夜は安心してテレビが見れた。 『3時になりました。嬉しいニュースの時間です』  しまった! ニュースだ! と焦る俺にそのアナウンサーは淡々と妙なニュースを読み上げる。 『本日、奈良県K市で絶交中だった小学4年生の勇気くんと春太くんがついに仲直りしました』  えっ? とリモコンを持ったまま画面を凝視。 『次のニュースです。徳島県N市で紛失した柴犬のジャギくんのおもちゃが海岸通りで無事見つかりました』  なんだこれ。ローカルニュースか? 『続いてのニュースです。滋賀県O市に住む山岡幸太郎さん(78)が妻の良子さんに初めてプロポーズの言葉を伝えました。幸太郎さんは“今まで恥ずかしくて言えなかったがお前の事を愛してる。俺の妻でいてくれてありがとう”と笑顔で話したそうです』  ほとんどの人に無関係なニュースだが、こういうのは嫌いじゃない。  最近フェイクニュースやジョークニュースが増えてきたが、個人にスポットをあてるニュースも案外いいもんだ。 『それでは最後のニュースです。本日42回目の誕生日を迎えられた東京都S市の鈴木圭吾さんにお祝いのメッセージが届きました。 “あなた、42歳おめでとう。毎日遅くまでお仕事ご苦労さまです。最近忙しくて食事が疎かになってますが、体が資本なので美味しい物を食べて元気にいてください。でもお酒はほどほどにしてね” “パパ、おめでと! あとね、今年はぬいぐるみじゃなくて最新のゲーム機がいいなぁ。ゆみ、楽しみにしてるからね!” 以上、奥様と娘さんからでした。それでは、さようなら』  気が付くと視界がぼやけていた。  テレビボードに置かれたデジタル時計の日付はまぎれもなく俺の誕生日で、その横には黒枠に縁取(ふちど)られた妻と娘の写真。  三年前、高齢者の暴走事故で大切な二人を失ってしまった時から俺は暗闇の中に置き去りにされた気分だった。  だけど、そうか、二人共、ずっと俺を見てくれてたんだな。  今年のゆみの誕生日は奮発するよ。喜んでくれたらいいな。 『嬉しいニュースの時間です』 完
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